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高速道路での事故〜中国縦貫道路・社インター付近で、車のエンジントラブルが発生しました〜

 かさがた温泉から帰るときは、今度は来た道と逆の道に入るわけですが、市川南インターから入って、福崎に抜けて、そして中国縦貫道路を走っているとき、異変が起きました。

場所は、社(やしろ)のインターチェンジを過ぎたところです。ここで車が突然エンジントラブルになりました。

高速道路なので、制限速度は80キロになっています。流れに乗って、オートマチックのDにして、平地のスムースな流れになったので、4速に変えて走っています。

軽くふかすだけで、スーッと伸びて、惰性で走り、時々アクセルを踏んで速度を一定に保っていればいいのです。

ところが、ぬかに釘を刺すというか、暖簾に腕を押すというのか、アクセルを軽く踏んでも、突然抵抗感のない、無重力的な状態になってしまいました。アクセルが利かないのです。

 前面のメーターパネルを見ても、緊急状態を示すような表示は出ていません。

サインもなければ、音の警告もありません。なのに、エンジンは休止状態になり、後続車との距離が縮まってきます。

2車線のうち、松葉博雄は左側の走行車線を走っていました。どこかに緊急避難しなければ危ないと焦りが出てきます。しかし、避難するような場所が左側にはありません。

隣に座ってる奥さんに、ちょっと車の調子がおかしいから端に寄せると言って、これまでの世間話を中止してもらいました。この緊急事態に備えるために、もう呑気な話はできなくなりました。

 右側の追い越し車線には、大型トラックや乗用車がブンブン走り抜いていきます。もし、この追い越ししてくる車に当たれば、ふっとばされそうな恐怖心が沸いてきます。

車を左側に停めるスペースが見つかったので、すぐにハンドルを左にとり、なんとか路肩に緊急停止をさせることができましたが、やや右の後ろが走行車線にはみ出しています。

走行不能な状態になりました。すぐに車を路肩に寄せ、もう一度エンジンをかけてみたものの動きません。辺りは暗くなって高速道路なのでトラックや乗用車が100km以上の猛スピードで通り抜けていきます。

もうエンジンはかからないので、一旦ブレーキを止めてしまうと、後はニュートラルにして後ろから押すしか、動かす方法はありません。

 それには、危険すぎるので、まずは高速道路を管理する人に、この緊急状態を知らせ、後続車からの衝突を防ぎ、二次災害が起きないように連絡をすることが先決だと思いました。

すぐに緊急ランプを付け、トランクを開け、事故車であることを表示します。

普段見ている高速道路の連絡用の電話を探してみたものの、身近なところには見つからないので、次はJAFに連絡をとってみました。

JAFの電話に出た方は、女性の方で、すぐに的確な指示が出ました。それは、場所を確認することと、現場から避難すること、後続車に事故を知らせる方法とのことです。

JAFからの電話での指示を受けて、車を離れて高速道路のバス停の中に避難しました。避難するときには、気が動転して、高速道路であることを忘れることがあります。車から離れた瞬間に後続車にはねられる事故もありました。車から離れるときは、運転免許証、貴重品、ETCカードなどを抜き取り、前後の安全を確認して、避難します。

救援の車が来るまで40分ほどかかるということでしたが、実際にJAFが来たのは1時間を過ぎていました。

 外は冷えて寒く、先ほどのかさがた温泉での温もりはすっかり冷えてしまいました。40分はずいぶん長く感じます。

JAFが来る間、この車を買ったディーラーにも携帯電話から第一報を入れました。サービス係のほうに電話が回され、サービス係に、今起きたばかりの情報をお話ししました。

一旦電話を切って、ディーラーからの支援がどのようになるのか、待っています。

ディーラーからの連絡がある前に、待っていたJAFの救援車が2台着きました。1時間半かかっています。

救援の方にエンジンをかけてもらってみました。やはりかかりません。

給油ができてないようで、もしかしてガス欠ですかと言われました。しかし、燃料メーターはまだ半分あります。ボンネットを開けて覗いて調べました。セルモーターは動いているものの、1,2秒モーターが回るだけでエンジンはかかりません。

 自力走行ができる状態ではないようなので、救援に来たトラックに載せて、ディーラーの修理工場に持っていくことになります。

この救援に来たトラックは自量が9トンもあります。私の車は2トンですから、11tの車が六甲山の坂超えをする時は、ソロリソロリといかないとブレーキがかからないほどの加重がかかってきます。

JAFにはこのトラックがないので、応援に来てくれたのはJAFと契約している会社のトラックでした。

車を乗せて高速道路を走り、そして六甲山を下り、灘区の方まで戻ってきました。

もうすでに時間は9時を回っています。

 トラックから降りて自宅へ帰ります。

車は修理をしてもらう、中央区のディーラーに行くことになります。電話をとって連絡をしているので、待ち受けているはずです。

突然、高速道路でエンジンが止まり、人間でいうと心臓麻痺のような状態になると、とても恐ろしいことになります。

今日は大変な目に合いましたが、しかし、事故に合わなかったのは奇跡でした。

修理工場に入った車は、その後どのようになるのでしょうか。ディーラーはどのようなサポートをしてくれるのでしょうか。(続く)