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阪神淡路大震災復興奮闘物語

「三宮駅から見たさんプラザビル」

【阪神淡路大震災後40日目〜43日目:懸命の復興活動と体調の異変】


震災40日目:1995年2月25日(土)

 次女から連絡がありました。学校でドッジボールをしている時に、ボールを受け損ねたのか、大事な小指を骨折してしまったという連絡です。

 私が駆けつけるほどのことでもなし、かと言って心配がないわけではなし、やや欲求不満の状況のまま、心配がつのってきました。

 ちょっと今、交通機関が寸断されて、すぐに駆けつけることは無理なのでお見舞いに行けません。電話では、大丈夫かと容態を尋ね、励まして終わりました。

【イメージ画像:倒壊した阪神高速(神戸新聞社刊「阪神大震災全記録」より)】


 今日の売上は予想以上の数字が出ました。順調な回復になりました。三宮駅から計れば1キロも離れた長い距離を延々と葉書を頼りに地下道を経由して来ていただけることに大変感謝の気持ちが湧いてきます。

 できるだけ何か添付品を無料で付け、価格を下げてお客さまの負担を軽くしたいと思わざるを得ませんでした。

 そこで、各取引先には震災復興支援のための支援物資をもっともっと送っていただけるように交渉をさらに続けることにしました。


震災41日目:1995年2月26日(日)

 募集に対して何人かの応募がありました。今日は採用のための面接をおこないました。今は女性が安心して三宮で働くことができる環境ではないので、採用は男子を中心として広告してみました。

 女性の応募もありましたが、少しでも長く続いて働いてもらいたいので、今回は安全性が落ち着くまでは、今までにない男子の2名を二次面接し、採用にしました。

 今回の従業員の中で、震災復興に目覚しい働きをした女子のアルバイト社員を正社員に登用することを今日伝えました。とっても喜んで、「頑張ります」という返事をもらいました。


 もうすぐするとJRが開通するので、通勤が始まり、そうすればどこに我が社が移転しているのかを知らせたく思い、さんプラザビルの窓際に今西ビルに移ったということを告げる横断幕を作り、それを貼りにいきました。

 これだと電車からよく見えます。さらにこの窓広告が、夜でもわかるようにするにはどうするかと考え、わずかな電力でも、闇夜に光があれば皆さんが注目して、移転先をわかっていただけると思い、暗くなったら電気がつくように、自動タイマーを取り付けました。


震災42日目:1995年2月27日(月)

 横断幕を取り付けてみると、ほんと遠くからでもよく見えます。

 これを作るためにもかなりカッティングアートさんに協力をお願いしました。風で飛ばないようにしっかりくくりつけてみました。

 反対側のJR側から見るとよく見えることが分かりました。JRが動き始めると、きっとたくさんの方が見てくれると期待します。


震災43日目:1995年2月28日(火)

 辞表を持ってきた2人の女性社員が退職しました。原因は通勤の難しさにあります。JRや私鉄の各社とも三宮地区はまだ回復していません。

 そのために一番近いところまで電車で来ても、その後は長い時間かけてバスに乗るか、歩くか、のどちらかになり、いずれも辛抱強い時間がかかっています。

 これを家族の立場から見れば、少し治安が落ち着くまで、お仕事は見合わせて、三宮には行かないほうがいいのではないか、というアドバイスがあっても当然のことです。

 それがわかっているので、社長の私も無理強いをして引き止めることはできませんでした。これまで一緒に仕事をしたことや、教育訓練をしたことを思い出して、辛い気持ちがこみ上げてきました。


【イメージ画像:代替バスに並ぶ通勤の人々(神戸新聞社刊「阪神大震災全記録」より)】

 今日は月末なので各社に対する仕入の支払日です。メニコン、ニチコン、ボシュロム、チバ、ジョンソン&ジョンソンに現金でお支払いをしました。

 震災は急なことだったことと、新たに商品をたくさん買い直すという問題も発生し、これからお支払いについては一定のルールで払うことに決めました。それはやはり相手の会社にとってみては予定があるので、全額は無理にしても、徐々に回復して何ヶ月以内には全てを支払うという一定のルールを作りました。

 我が社は創業以来、必ず現金で翌月支払っていました。そこで、1月の仕入れは2月末になります。

 それが本当に現金で支払ってもらえるかどうかを、各社とも気にしていると思いました。しかし、このようなときに態度もあらわに、「お金のほうは大丈夫ですか」とは尋ねられないと思い、こちらから支払いのルールを通知しました。

 一応のルールさえできれば、取引先としては安心して上司に報告し、これまでどおりの支援の約束をいただきました。

 もちろん、これまでの信用と実績だけでも、「半年は待ちます」という支援の声もいただきましたが、甘えてばかりはいられないので、自主ルールを作りました。


 今日嬉しかったことがあります。元従業員で結婚退職された荒川さんがわざわざ大阪から応援に来てくれることになりました。まだ電車が芦屋や西宮までで止まっていますが、そこから歩いてきてくれるそうです。


 さんプラザの区分所有者会議が2時よりありました。復興についてどのようにするかという会議です。

 たくさんの方が出席して、ビルを取り壊すか、あるいは最小限の補修をして一日も早く復興をするか、大きな選択を迫られました。多数決により、一部取り壊してすぐにでもオープンできるようにするということが多数決で決まりました。


 家に帰って、くつろいでいるものの、少し体がだるいということに気がつきました。

 どうも人からみて私が痩せているということが言われています。体がだるいし、痩せているので、「ひょっとするとこれは糖尿病ではないのか」ということになり、近々病院で検査を受けることにします。

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