日帰りツアー 京都 東山 高台寺:高台寺には豊臣家の絶大な権力と、文化の創造を観ることができました。400年の歴史の重みを、高台寺に感じる一日となりました。

京都 東山へ 日帰り近隣ツアー(2)

次こそはと、鷲峰山(じゅぶざん)高台寺(臨済宗建仁寺派)に着きました。

高台寺を観る

東山霊山(りょうぜん)の山麓、八坂法観寺の東北にあり、正しくは高台寿聖禅寺といい、豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね:出家して高台院湖月尼と号す)が、慶長11年(1606)開創したお寺です。

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秀吉とねねは、当時としては珍しい恋愛結婚でした。秀吉とねねのように生涯仲良くいられるようにとの願いから、カップル達の参拝が絶えないお寺です。

寛永元年(1624)7月、建仁寺の三江和尚を開山としてむかえ、高台寺と号しました。

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造営に際して、徳川家康は当時の政治的配慮から多大の財政的援助を行なったので寺観は壮麗をきわめたそうです。

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現在、旧持仏堂の開山堂、霊屋、傘亭、時雨亭、表門、観月台等が国の重要文化財に指定されているそうです。

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豊臣方と徳川方は、天下分け目の関ヶ原の戦いで、徳川方が豊臣方を破りました。徳川家康連合軍は、豊臣方の、代将:石田三成連合軍にわずか一日で勝ち、更に両軍の戦いは、大阪城を攻める大阪冬の陣、夏の陣まで続きます。

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ここが不思議なところですが、秀吉の正妻 ねねの方は、家康連合軍に、参加した諸大名にも慕われていたので、勝った方の徳川方も、ねねの方を粗略にできず、大事にしていました。

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本来なら、敵対する豊臣家の正室なら、安堵できないところです。

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「遺芳庵(いほうあん)」です。灰屋紹益と吉野太夫との好みの茶席であり、鬼瓦席と共に高台寺を代表する茶席として知られています。

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高台寺を道順に沿って、歩いてみると、あちらこちらに紅葉があり、紅葉して、ライトアップした姿なら、是非紅葉狩りに来てみたいものと思います。

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このような、日本文化が、保存されている本物を見て、眼も肥え、歴史も知り、季節も楽しめ、大変勉強になりました。

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開山堂が見えてきました。これは重要文化財です。

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高台寺第一世の住持、三江紹益禅師を祀る塔所です。

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左右壇上には木下家定(ねねの兄)、雲照院(家定の妻)等の像も安置されています。

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礼堂部中央の彩色天井には北政所の御所車の天井、前方の格子天井には秀吉が使った御船の天井が用いられています。

政権を握り、財力と、権力が、得られれば、その後の日本の歴史に残る、新しい文化を創ることができます。しかし、財力と権力が得たからと言って、歴史に残る文化を誰もが創れるものではありません。

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時代の変化を象徴する、文化を創ることは、これまで、戦乱の世の中から、武力による統一国家を象徴する、誰が見てもわかる、畏敬するような、ひれ伏せさせるような、建造物を作ることです。

平成の時代に、2010年の21世紀になって、松葉博雄は、1600年頃の、徳川家や豊臣家、そしてねねの方を中心に建てられた、高台寺の建造物を見る事により、400年の歴史の重みを、ひしひしと感じる一日となりました。

 2010年6月10日(木)



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