梅の花といえばしだれ梅

投稿No:8105

梅の花といえばしだれ梅。しだれ梅といえば、淡路島八木の紅梅です。

梅の花といえばしだれ梅です。

毎年見る八木の枝垂れ梅はそれはそれは見事な梅の花です。

今年も淡路島八木の村上邸にある、しだれ梅を見て来ました。

八木の枝垂れ梅は、個人の敷地内にあります。

周りは農家と田んぼで、遠くからでも枝垂れ梅の花が見えます。

個人の敷地ではありますが、梅の花が咲くころには見物客は多く、広い無料

の駐車場が設けられています。

お目当ての枝垂れ梅に行くまでの間の庭にも、何本かの枝垂れ梅が植えられています。

このしだれ梅の木は、農園の販売用の梅の木で、しだれ梅をみた人がうちにもしだれ梅の木が欲しいなぁ、と思う見込み客用に仮植えしている梅の木です。

車をとめて、駐車場から、梅を目指して、敷地内を上って行きます。

向かいながらも、遠目にしだれ梅が見えると、得した気持ちになります。

登った先に見えるのは、迫力満点の枝垂れ梅です。

瀧の水の流れの様に、3段に見える梅の枝の花は、既に満開のようです。

違いが分かる、あなたと見たい梅の花

美しい梅の花は、誰と見れば価値観の共有ができるのでしょうか。

紀友則の詠んだ和歌に、

君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも しる人ぞしる

この句の意味は、梅の花の美しさと香りを、あなた以外の誰にいったい見せ

ましょうか、と言った意味です。

その心は、この梅の花の色も香も、私とあなたのように、分かる人には分か

りますね、といった価値観の共有を和歌に託して、意中の女性に送っています。

梅の花と香りの素晴らしさを、貴方と一緒に分かち合いたいという気持ちを

雨のしずくを含んだ梅の小枝に託されたら、きっとうれしいと思います。

雨の中で、満開に咲く梅の花は、言葉にできないほどの艶やかさがあります。

まさに、まさに「雨に咲く花」です。

南淡路市八木のしだれ梅とは

八木のしだれ梅についてネットで調べてみました。

この梅の木は、佐賀県で出身、藤牡丹という品種です。

10年間、佐賀県で育った後、五色町都志の造園業来山旭光園さんより買い

入れ、今に至っているそうです。

もう樹齢70年ほどになる立派な古樹です。

高さ8m、幅12m超、幹周り2m弱もあるんだそうです。

この立派なしだれ梅は、あわじ花へんろ第五十六番「花の札所」に認定されています。

今はもう、観光マップや、各ホームページの観光案内に載るくらい、観光スポットとして有名になっています。

この立派な1本が敷地を埋め尽くすような形で咲いています。

見頃になると、三脚とカメラをもった、写真家の人や、観光客、地元の人達など、多くの方で賑わいます。

今年は、暖冬だったので例年より10日ほど早く満開を迎えたそうです。

地面をみると、花びらの絨毯が出来ています。

昨夜から、今朝にかけてのあいにくの雨で、満開からすでに散り始めているようです。

そのおかげで、今年は、雨の水滴がついた梅を見る事ができました。

晴れてる日の梅とはちがって、これもまた新鮮さが有り、綺麗に感じました。

しだれ梅の前には募金箱があります。

村上邸のしだれ梅

今年も元気にありがとうございます。

200園の環境維持にご協力をお願いします。

皆様と守っていけるお気持ちが嬉しいです。

協力隊一同

ここは、無料で開放されているのです。

ですが、この立派な梅を維持するのは、確かに大変なことです。

そしてなにより、間近でじっくりお邪魔して見せて頂いてるのですから、みなさん、快く募金されています。

私と奧さんも、毎年募金させて頂いています。

梅の花の別名

梅の花と、統一的に呼んでいますが、梅の花にはたくさんの名前があります。

花の兄(はなのあに)好文木(こうぶんぼく)、春告草(はるつげぐさ)、

木の花(このはな)、初名草(はつなぐさ)、香散見草(かざみぐさ)、

風待草(かぜまちぐさ)、匂草(においぐさ)があります。

これらはすべて梅の別名です。

高校時代に国語の先生から聞いたことですが、現代では花といえば桜です

が、万葉集に登場する花は梅の花だったそうです。

その梅もすべて白色です、紅梅が中国から伝わったのは平安時代のことでした。

万葉集の梅の歌には、雪と見紛う梅の花がよく詠まれるのもわかります。

今日の万葉歌は雪ならぬ、春雨に打たれた若木の梅です。

梅の花に託した恋の歌

当時権勢を極めていた藤原仲麻呂(恵美押勝)の三男の藤原久須麻呂が大伴家

持の娘に求婚したときの、お断りの意味を梅の花にかけて答えた和歌があります。

春の雨は いや頻(しき)降るに 梅の花 いまだ咲かなく いと若みかも
  ~大伴家持 『万葉集』

歌の意味は、春雨はこんなにしきりに降っているのに、梅の花が未だに咲かないのは、たいそう若いからですね。

しきりに降る春雨とは、あちこちから結婚話があることの例えのようです。

久須麻呂は返歌で了解しています。

春雨を 待つとにしあらし 我が屋戸の  若木の梅も いまだ含(ふふ)めり
  ~藤原久須麻呂 万葉集 

春雨を待っているのでしょう。

うちの庭の若木の梅もまだ蕾のままです。

結果としては、大伴家持の判断は大正解となりました。

藤原仲麻呂の乱で藤原仲麻呂一族は滅亡したからです。

家持も娘を嫁にやらなくて良かったのです。

それは結果論ですが、梅の花に託して、心の内を婉曲に伝える和歌は、読み返してみても、成程度と思います。

梅が咲いて、やがて散ると、次の主役は桜にバトンタッチです。

2019年2月28日(木)


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