私をセーラームーンおじさんと呼んでいた安永瑞穂さん、ご結婚おめでとう

投稿No:7942

安永瑞穂ちゃんは、私の事をセーラームーンおじさんと呼んで、なついてくれていたお嬢ちゃんです。

結婚式の招待状が届きました。

安永瑞穂・桑野晃さんからの結婚式招待状です。

二十数年前、あの時の可愛い瑞穂ちゃんがもう結婚式を挙げる事になったのです。

思い出すのはみずほちゃんが私によく懐いてくれていた頃のことです。

1995年1月17日の阪神淡路大震災の時と、その復興の時に、メニコンの我が社の担当であった安永幹夫さんは、我が社の復興に多大の支援をして頂きました。

震災復興セールが始まった頃、安永瑞穂ちゃんはお父さんの安永幹夫さんと一緒に、日曜日の度に我が社へ販売の応援に来てくれていました。

私は瑞穂ちゃんに当時流行していた美少女戦士セーラームーンのおもちゃをプレゼントしました。

それ以来瑞穂ちゃんは私の事を「セーラームーンおじちゃん」と呼ぶようになりました。

夏の日に、安永さん家族と、私と奥さんが琵琶湖に泳ぎに行ったとき、

大人達は浜辺でお喋りに夢中になっていました。

瑞穂ちゃんは一人で浜辺に行って水に入り、深みに嵌まって溺れかけていました。

異変に気がついて、私はすぐに駆けだし、瑞穂ちゃんを深みからすくい上げました。

それから瑞穂ちゃんは一層私のことを慕ってくれるようになりました。

あれから23年が経過して、そして今日の結婚式を迎えました。

挙式の場所はアニヴェルセル福岡です。

挙式は2018年9月16日(日)、午前11時からでした。

この日は瑞穂さんの誕生日で、それでこの日を選んだそうです。

教会に入ると、右側の席が新郎側の関係者の皆様、左側が新婦側の関係者の皆様の席でした。

礼拝堂に向かって左の通路側に私と奧さんは座って、花嫁花婿の登場を待ちます。

最初に新郎・桑野晃さんがご両親と一緒に入場です。

次いで新婦・安永瑞穂さんがご両親と一緒に入場です。

新郎は一足先に祭壇に進み、新婦はお父様にエスコートされて、バージンロードを進みます。

ウェディングドレスの長い裾はバージンロードの床をゆっくりと、上げ潮が浜辺を這うように進んでいきました。

祭壇の神父様の前に進むと、お父様は花嫁を花婿の手に託しました。

これから、キリスト教の神父様による儀式の始まりです。

一同が起立して歌う曲は、賛美歌312番です。

私も普段歌わない声を出して、一生懸命歌いました。

「いつくしみ深き」讃美歌 312番

いつくしみ深き   友なるイエスは 
罪とが憂いを    とり去りたもう
こころの嘆きを   包まず述べて
などかは下ろさぬ  負える重荷を

賛美歌が終わると、誓いの言葉を述べて指輪の交換です。

そして祭壇に用意された結婚証明書にサインをして、厳かな挙式が終わりました。

祭壇から式場に敷かれた絨毯を歩く退場の時は、新郎新婦二人が手を取りあっての退場です。

およそ30分ほどの挙式の時間でしたが、張り詰めた緊張の空気がゆっくりと和らぐのは教会の外に出て、出席者全員で新郎新婦を迎えるときでした。

今日、9月16日は福岡地方は快晴で、気温も上がり、太陽の直射日光を浴びると、汗が出るほどです。

教会の階段は、ゆっくりと新婦が新郎にエスコートされながら降りてきました。

階段の途中で止まって、二人は教会の方に向かって、招待客の方には背中を向けて、飴を使って作ったブーケのような包を後ろ向きの姿で投げました。

3つの飴の一つは妹の里美さんが上手にキャッチして受け取っていました。

花嫁からの幸運は、妹の里美さんが受け取って、とても微笑ましい光景になりました。

女性の方は、日傘を差して、花嫁花婿を祝福しています。

新郎も新婦も白の礼服を着ていたせいか、それともあまりにお似合いのカップルのせいなのか、お二人を見ていると、眩しくてまぶしくて、目が開かないほどのまぶしさを感じました。

披露宴は場所を移して、同じ敷地の中にあるシェフズガーデンで行われました。

今日は晴れていて良かったなと思いました。

いくつもの結婚式があれば、その中にはお天気の悪い日もあるかもしれません。

結婚式と披露宴の予定を立てたときには、当日のお天気は予想がつきません。

晴れるか、そうでないかは日頃の行いが影響するのでしょうか?

今日は、とても良いお天気だと思ったのは、バルーンリリースの時です。

参列者の皆さんと新郎新婦の持った色とりどりの風船を、祝福を込めて大空に放ちました。

風船は空高く伸びていき、そして風に揺られてそよいでいました。

青空が背景で、色とりどりの風船も、青いキャンパスに丸いキャラメルを並べたように、美しく飛んでいました。

披露宴は、建物の中で行われます。

私と奧さんは花嫁側の主賓として招待を受けていたので、指定された席は新郎新婦のすぐ向かいでした。

私の席のテーブルには、新婦安永瑞穂さんから一枚の写真と、コメントが添えられていました。

その写真こそ、一番最初に掲示した、琵琶湖で撮った写真です。

20年以上も前の写真でしたが、花嫁の記憶の中には今も生き続けていたのです。

披露宴の席で、最初は新郎桑野晃さんのご挨拶からです。

今日の参列者の皆さんへの感謝の言葉がありました。

主賓の挨拶は、新郎の主賓からです。

挨拶されたのは、新郎の職場の上司、三菱UFJリース株式会社九州支店長の今枝英士さんです。

主賓の挨拶は3~5分くらいですが、今枝さんの挨拶は20分くらいの長い挨拶になったので、驚きました。

私からの主賓挨拶は、私と安永家の皆さんとのご縁の始まりについてからです。

新婦のお父さんである安永幹夫さんが、阪神淡路大震災の頃、我が社の担当として献身的な支援をして頂いた事をお話ししました。

そして、セーラームーンのお話と、びわ湖で瑞穂ちゃんが溺れかかったの話に続きます。

そして締めは、お互いが相手が喜ぶことが自分にとって嬉しいことになるよう、楽しい家庭を築いて下さいと、お祝いの言葉を話しました。

主賓挨拶の後は、新郎新婦のウエディングケーキ入刀です。

ケーキカットを終えると、お互いがケーキを口元まで運ぶ、ファーストバイトをしました。

このとき、招待客の中から特大のスプーンを持ち出して、これでケーキを食べるようにとの演出がありました。

とても大きなスプーンです。

このスプーンで、少しのケーキをよそったつもりでも、スプーンの上には、とても沢山のケーキが乗っていました。

それを新郎は厭わずに食べたので、新郎の口の周りはケーキだらけです。

披露宴は、時々団欒の時間が設けられていて、このときには新郎新婦のお父様やお母様からご挨拶を受けました。

妹の安永美里さんからも、ビールを勧められました。

2017年4月に、安永家の皆さんが、神戸の我が社に転勤のご挨拶に来られたので、安永家の皆さんとは顔馴染みになっていました。

皆さんが歓談をしている間、新郎新婦はお色直しを終えて、装いも和服に着替えて登場です。

ウエディングドレスも綺麗ですが、和服もよく似合っていました。

披露宴の席では、新郎新婦の席と近いのですが、皆さんが順番にお祝いに来られていたので、なかなか新郎新婦に声をかける機会がなくて、やっと順番がまわってきたので、お祝いを申し上げました。

丁度カメラマンが側にいたので、新郎新婦と妹の美里さんも一緒に5人で記念撮影をしてもらいました。

とても写り映えの良い写真ができました。

今日の披露宴で驚いたことがあります。

突然決まった事のようですが、新郎の桑野晃さんは、来月10月から福岡支店から大阪支店に転勤が決まったそうです。

あと2週間程度で転勤となるとこれは大変です。

大きな会社は支店も多く、スタートからこれでは先が思いやられます。

最後はご両家からのご挨拶です。

ご両家を代表して、新郎のお父上がご挨拶をされました。

話を聞いていると、桑野家も安永家もとても仲の良いご家庭であることが伝わって来ました。

披露宴は12時から始まって、終わったのが午後3時です。

新郎新婦二人が相談して、披露宴の企画を練り上げたそうです。

随所に二人のアイデアが演出されていて、とても和やかな楽しい披露宴でした。

物事は、始めるより、続ける事が難しいと言われています。

結婚生活が先の長い事なので、お互いに我慢の必要なときがあります。

その時は、「忍忍でござる」と口の中で呪文を唱えて、辛抱して下さい。

2018年9月16日(日)