驚いた!港が砂に埋もれてきている。大磯港は昔の自然に戻ってる。淡路市大磯港は、淡路フェリーボートの港でしたが、楠本川の運ぶ砂で港は浜辺に変わってきています。

投稿No:7857

幼い頃の外泊の想い出は、大人になっても、記憶に残っています。おじいちゃん・おばあちゃんの家に泊まった想い出も、記憶に残ります。

幼い頃の想い出は、自宅以外のお家に行って泊まったときの想い出です。

今のように、ホテルや旅館に泊まって生活を楽しむといったことがあまりなく、よその家に泊まることも、ごく少ない時代でした。

今でも覚えているのは、父方の祖父が亡くなって、お葬式に泊まりがけで行った時の想い出です。

まだ小学校に入学する前の幼い頃の記憶ですが、いとこ達と遊んだことは楽しい想い出として覚えています。

夏休みに祖母の家に泊まりに行ったときのことも楽しい想い出として覚えています。

U君やMちゃんは、おじいちゃん・おばあちゃんの家に泊まりがけで遊びに来た時のことは、大きくなったら楽しい想い出として思い出すでしょうか?

今朝の岩屋松葉庵の朝ご飯は、卵かけご飯でした。

Mちゃんから聞いた話では、牛乳を飲んで、お肉を食べて、いっぱい寝たら、力持ちに育つそうです。

Mちゃんのお兄ちゃんであるU君にこの話をしたら、牛乳を飲んで、お肉を食べて、いっぱい寝ると、牛になるそうです。

そういえば、幼い時から、食べてすぐに寝ると牛になると言われていました。

卵かけご飯には、茄子のぬか漬けが一緒に用意されていました。

ぬか床から上げた茄子は、瑠璃色の輝きで、とても綺麗です。

漬かり具合もベストな状態で、酸っぱくもなく、ご飯にとても良く合いました。

U君のお父さんは外科医をしているので、超多忙なスケジュールをこなしていて、今日のような子ども達と一緒にゆっくりと朝ご飯を食べられるのは、一月の内でも、ほんの僅かのようです。

朝ご飯は、皆さん美味しい美味しいと言って、おかわりをするほど、食事が進んでいました。

昼からは大磯の方へ移動して、海辺で遊びました。

この浜辺で、私は幼い子供達3人と砂遊びや、海水浴を楽しみました。

思いでの渚で、今は孫たちが昔お母さんが遊んだ時のように、水遊びをしています。

懐かしい光景です。

明石海峡大橋が架かるまでは、大磯港は淡路フェリーボートの港でした。

明石海峡大橋が出来てから、フェリーボートは廃業してからは港の浚渫はされていません。

今では大磯港には、楠本川から運ばれて来る砂がどんどん堆積しています。

以前は深かった水深も、砂浜になってしまいました。

U君とMちゃんは、海で泳ぐ準備までして砂浜に来ていましたが、さすがに6月ではまだ海の水は冷たくて、泳ごうという気持ちにはならなかったそうです。

少しずつ日が暮れていき、西日の作る影はゆっくりと東に伸びて来ています。

岸壁の上から見ると、水面に見える魚の影はすぐに見つかるのですが、海に浸かっているU君やMちゃんからは、魚はどこにいるのか見当たりません。

梅雨になって、雨の日が多くなれば、上流から運ばれて来る砂も一層増えてきます。

このまま月日が経てば、大磯港は砂で埋まるのではないかと思います。

大磯港には漁業組合の漁船も係留しているので、漁船が海に出て行くための、わずかな細い水路は、確保する必要があります。

沖縄に行けば、珊瑚礁を砕いて、船が入ってくる狭い水路を作っている漁港を見ることがあります。

大磯港も、近い将来遠浅の海になり、砂浜はどんどん広がってくると思います。

そうなると、大磯港は遠浅の海水浴場になるかもしれません。

春には、潮干狩りの出来る浜辺になる可能性もあります。

もともと、大磯は長い砂浜でした。

フェリーボートが廃止され、大磯港の浚渫がされなくなると、港はまた自然のビーチに戻り、昔の大磯が復活しそうです。

2018年6月24日(木)