淡路島お花見スポット

淡路市の桜の名所 静の里公園はお花見の穴場です。一億円の金塊が展示されなくなって、静の里になりました。

お花見のスポット、淡路市の靜の里公園は、落ち着いたお花見が出来る穴場です。

淡路市の津名町志筑にある静の里公園は、津名一宮インターのすぐ近くにあります。

静の里公園には、季節に応じて咲く多くの花が植えられています。

三月の末から四月の初めにかけては、桜のお花見スポットです。

入り口は二つあります。

大きな道路に面した入り口と、駐車場から入る入り口の二つです。

道路側の入り口が表門なら、駐車場側は裏門にあたります。

裏門から静の里に入ると、満開の桜が出迎えてくれました。

この桜は宝塔のすぐそばに植えられている早咲きの桜です。

靜の里というのは、静御前のことです。

静御前は、この淡路島で終焉を迎えたそうです。

源義経との哀しい恋に落ちましたが、今ではこの静の里に源頼経と並んだお墓と祀られています。

『静御前の墓』の説明を記した看板がありました。

静御前は、その容姿麗しく、世に隠れなき美人なり。

舞も当代屈指の名手にて、治承3年以来、源頼経公の寵愛をうく。

義経公、兄頼朝公と仲違いあり、鎌倉・鶴岡八幡宮に召出され、夫との哀別離苦の嘆きを

しづやしづ しづのおだまきくりかえし 昔を今になすよしもがな

と舞い社壇一同を感涙せしめた。没后一条中納言家の荘園たりしこの地に葬す。

今日、静御前の墓に詣で祈れば、縁遠き人、佳き良人を得、懐妊の人、美貌玉の如き児を安産。

その上婦女、諸々の技芸に塾達す。

その効や、不思議なりとされている。

靜の里の桜は、3月の下旬ではまだ咲いていません。

蕾がちらほら見える程度の開花です。

静の里公園の中には大きな池があり、池を渡る橋がかけられています。

橋を通り池を見ていると、池の鯉は餌を貰えると思い、沢山の錦鯉が集まってきました。

橋を渡った奥の方に、静御前と源義経のお墓が並んで祀られていました。

源義経は、頼朝の追及を受けた当主・藤原泰衡に攻められ、現在の岩手県平泉町にある衣川館で自刃したのが最期でした。

源義経は奥州平泉で亡くなり、靜御前は遠く離れた淡路の国で亡くなったことになります。

靜御前のお墓は、全国各地にあり、亡くなった場所も諸説があるので、淡路島の靜の里が本当に靜御前の終焉の地がどうかは定かではありません。

しかし、そうだと思って、靜御前と源義経がここで静に祀られていると思えば、思わず手を手向けたくなります。

お膳に用意されていたお線香に火を付けて、遥か800年前の哀しい恋を思いながら黙祷しました。

池の淵には茶室があり、茶室の側に岩組で作られた滝があります。

滝から水が流れ出て池を潤し、池には沢山の鯉が泳いでいます。

4月になって桜が満開になれば、この茶室から眺めても、公園の中のベンチに座って、お弁当を食べながら眺めても、靜の里の桜は、綺麗だと思います。

もっと他にも桜は咲いていないのか、公園の中を探してみます。

見つけました。

桜が三分咲き程度で咲いていました。

どういうわけか、靜の里の桜の枝は、よく切られています。

昔から桜は切っていけないと言われていますが、桜の枝はあちらこちらで切られていました。

お天気も良く、気温も上昇してきているので、ベンチに座って、しばし桜見物をしました。

お花見をするには、もう少し沢山咲いてほしいところです。

あわじ花遍路 第十六番「花の札所」の案内板がありました。

静の里を有名にしたのは、竹下登内閣の時代に、ふるさと創生事業で日本の各市町村に一億円がばらまかれた時、津名町ではこの一億円を使って金塊を購入し展示していました。

一億円の金塊は、金の相場の変動によって、一億円以上になることもあったようです。

津名町では、2010年5月に町村合併の方にこの金塊を売却したそうです。

今ある金塊のような物は、レプリカです。

この金塊が売却されて、靜の里からなくなってからは、観光客は急激に少なくなっています。

淡路島のお花見スポットは、賑わうところが多いのですが、靜の里は比較的静かで、ゆっくりお花見が出来ます。

これも、金塊が展示されなくなってからのことです。

2018年3月25日(日)

 

淡路市 兵庫県立淡路島公園 展望台 芝生広場:あわじ市のお花見に行くなら、兵庫県立淡路公園の展望台です。

兵庫県立公園の公園の中には、芝生に咲く桜、山に咲く桜、明石海峡と明石大橋に重なる、桜があります。

寒い冬から、暖かくなって桜が咲くときには、ここに行きたいねと、以前から、桜が咲くのを待っていた場所に行ってきました。

子供達が幼い時には、奥さんはお弁当を、自宅で作っていました。それは、お弁当を買うお金を節約していた事と、自分で朝早くから作る、元気があったからです。

今日は、お弁当を作ってまで、疲れることはないので、淡路島の形をしたお弁当を買ってきています。

最初の場所は、兵庫県立公園です。ここは広大な敷地で、桜の木も多く、ゆっくりお花見弁当を食べるには、とても良い場所です。

周りで騒ぐ人もいません。芝生の広場も広く、花見の席の取り合いもありません。

となりの席の親子連れは、お父さんが仕事なのか、お母さんと、子供と、もう一人女性の三人連れで、とても静かなお花見をしています。

桜の木が大きくなると、桜の花を見るのも、うんと頭上になってきます。

ここ県立公園では、目の高さで桜の花が咲いています。これなら、花のすぐそばに近づいて、花に鼻をつけて、桜の香りを堪能できました。

県立公園の敷地には、山桜も咲いています。株式投資の格言に、『人の行く裏に道あり花の山』という格言があります。

これは、まだ注目されていないうちに、株価が安い内に、こっそり銘柄を仕込んでおくと、いつか花が咲くように、株価が上昇することを例えています。

次の場所は、同じ兵庫県立公園の中にある、展望台です。ここに来ると、明石海峡大橋が、遮るものなく見る事が出来ます。

満開の桜を通して、明石海峡と明石海峡大橋を写真に撮ることが出来ました。

これらは、カレンダーにしたくなるような、とても見栄えの良い構図です。

 

兵庫県立公園の展望台には、普段はあまり訪れる人はいないのですが、今日は桜を求めて、多くの家族連れの方が、この展望台に来られています。

松葉博雄も、この陽気に誘われて、しばしベンチで昼寝を楽しみました。

体に受ける太陽光線は、まるで日焼けサロンの紫外線のように、体を温めてくれます。

県立公園を出て、次の桜は、明石海峡大橋がもっと近くに見える、聖隷病院の近くです。海に近いので、ここからは岩屋港に出入りする、連絡船や、漁船がすぐ近くに見てきます。

最後は、自宅の大磯の桜です。この桜は、枝が張りすぎたので、一時、枝払いをして、スッキリしたため、桜の豪華さは、失せてしまっています。

やはり格言通り、『桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿』と、言われるとおりです。桜は、枝が張って、大きく見せる方が、咲いた桜の美しさが協調されます。

ライトアップして、夜桜にしてみると、これは格言通り、『夜目 遠目 傘の内』と言われるとおり、桜の花も、夜目の方が、昼間とは違った、妖艶な美しさが出てきました。

2015年4月2日(木)

庫県立淡路島公園の八重桜の見頃は、4月下旬です。

明石海峡大橋を見ながら、お花見弁当を食べて、春の日差しを十分に楽しみました。

4月の下旬になると、本当の春が来たようで、気持ちも弾んできて、外に出かけたくなります。

淡路島にある県立公園に行けば、明石海峡大橋が見えて落ち着く場所があるので、奧さんと一緒に行ってみました。

駐車場に車を止めて、明石海峡大橋が見えるところまで、春の日差しを浴びながら、ゆっくり散歩していきます。

先日まで、寒くて外に出るのも厚着が必要でしたが、今日のお天気なら上着が無くても、屋外の散歩ができます。

これまで枯れ草のようだった道端の草にも、新しい葉が茂り、花も咲いています。

本当に春は心がウキウキします。

ソメイヨシノが散ってしまいましたが、今咲いている桜は、ボタン桜というか、八重咲きの桜です。

これがまた可愛い花びらで、近くに寄ってみると、可愛い少女の髪飾りにしたらよさそうな、可愛い花です。

駐車場から200mくらい歩いてくると、明石海峡大橋が見える広場に到着します。

今日は日曜日なので、子ども連れのお父さん・お母さんが何組か来ていて、幼い子ども達と一緒にバトミントンなどをして遊んでいました。

子ども達が小さい頃には世話は大変でしたが、子ども達に頼られていて、自分こそこの家の大黒柱だという自負心と責任感がありました。

明石海峡大橋を舞子側から見る景色と、岩屋側から見る景色では、岩屋から見る方向は、景色の多様性があると思います。

今日は海が穏やかで、釣り船が沢山同じ場所に集まって、魚釣りをしているようです。

奧さんがお弁当を用意してくれていたので、ベンチに座って巻き寿司のお弁当を頂きます。

こんなにのどかで、気持ちの落ち着く場所は、みんなにもっと教えてあげたいくらいです。

日差しは強いのですが、少し風が冷たくて、しばらくすると寒気を感じてきました。

持って来たお弁当を食べると、もう要件が終わってしまったように思います。

これが結婚までの交際中の二人なら、話す事はいっぱいあるのでしょうが、胸が高まるような話もないので、小鳥の鳴き声を聞きながら、しばし自然に溶け込んで、その内そろそろ帰ろうかと思ってしまいます。

ぼたん桜の側に行くと、早くもさくら餅の葉っぱの匂いがして、桜餅の事を思い出します。

地面には、さつきの花が咲き始めて、このころは一年のうちで、一番過ごしやすい気候だと改めて思いました。

遠くに見える木々は、新緑で、杜甫の詠んだ絶句を思い出します。

江は碧にして鳥は愈よ(いよいよ)白く
山は青くして花は燃えんと欲す
今春看す又過ぐ
何れ(いづれ)の日か、是れ帰年ならん

県立淡路島公園は、ソメイヨシノ桜と、八重桜のお花見が二度できます。

さらに、桜のあとは皐月、藤と、美しい花がつづきます。

県立淡路島公園 〒656-2301 兵庫県淡路市楠本2425−2

西念寺

東浦町西念寺の桜を見ながら、「もろもろの事象は、移ろうものである。怠る事なく修業を完成しなさい。」の言葉を思い出します。

地球温暖化のせいで、桜は開花が早くなったと言われていたのに、2017年の桜は、4月8日のお釈迦様の誕生日を迎えても満開になっていません。

2017年のお花見は、例年に比べて、かなり開花時期が遅れています。

4月に入っても、神戸地方では、満開と言えるほどの桜の咲き方はしていません。

さらにお天気にも恵まれていなくて、晴れた空に敷物を敷いてお花見というわけにもいきません。

淡路島の別宅の桜を観に行ってみましたが、暖かい東浦町でも、桜の花の咲き方は、二分咲きか三分咲き程度で、満開までにはあと一週間はかかりそうです。

近くの東浦町の西念寺に桜が咲いているという情報があったので、

奧さんと一緒に行ってみました。

西念寺の桜は、このあたりの桜よりは咲き方が早いようで、五分咲きくらいでした。

お寺の境内の中と、その周辺に桜が咲いていて、夜は9時までライトアップするそうです。

絶好のお花見を迎えるには、お天気の具合と桜の咲き方と、曜日との3つの条件がうまく重ならないと、人出に賑わうお花見になりません。

西念寺の境内は、平日で人気もなく、奧さんとゆっくり二人だけでお花見が出来ました。

西念寺の掲示板には、ご先祖様を大切に、感謝し供養しましょうと書かれています。

朝に礼拝、夕べに感謝といわれています。

そういえば、今日4月8日は、お釈迦様のお誕生日です。

花祭りの日です。ちょうど桜が咲く頃なので、

今年はお釈迦様のお誕生日と、桜の開花がほぼ重なって良かったです。

西念寺の桜は、いずれも年輪を重ねた巨木で、桜の本数は少なくても、見応えはありました。

3日見る間の桜かなといわれるとおり、この桜の景色も来週になると、もう変わっていることと思います。

お釈迦様が最後に言われた言葉を思い出します。

「もろもろの事象は移ろうものある。怠ることなく修業を完成しなさい。」

この言葉を思い出し、家に帰ったら何か本を読んで勉強をします。

淡路市東浦町久留麻 263 ℡ 0799-74-2232

淡路市 桜の名所 浅野公園(あさのこうえん)

 浅野公園は、古くは万葉の時代から歌に詠まれた由緒ある自然公園だとか。春になると、2000本近いソメイヨシノを見物に訪れる花見客でにぎわう。また、芝生の広場の奥にある、高さ15mの「不動の滝」は、かえでの巨木に覆われていることから「紅葉が滝」とも呼ばれ、春のみならず、秋もその美しさを楽しめる。小さいながらも遊具があるので、子供も楽しめる。

洲本市 洲本城のお花見スポット

洲本城の芝右衛門狸は、今でも洲本市民に芝右衛門と呼ばれて、愛されています。

 ≫2012年10月4日

洲本城は、城下の洲本の町から見ると、空を貫くように三熊山にそびえ立つ天守閣が見事です。天守閣に近づいて見ると、天守閣の石垣部分は、現代でいう駐車場のような空間になっています。

天守閣がある広場には御茶屋さんがありますが、今の時分客足が少ないのです。松葉博雄と奥さんが御茶屋さんの前を通ると、突然ガラス扉が開いて、「中に入って暖まっていきませんか?」と、勧誘の声がかかりました。

芝右衛門狸の話がありました。芝右衛門狸とは、兵庫県淡路島に伝わる化け狸です。これは、佐渡島の団三郎狸と、香川県の屋島の禿狸と並び、日本三名狸に数えられているそうです。淡路島の狸が日本三名狸とは驚きです。

お城から見ると、洲本三万石の城下町がジオラマのように見えます。

洲本の町は海に面しています。松原が続く海岸は大浜公園です。確かこの近くには、アレックスホテルがあり、大阪府立大学大学院の卒業旅行に、皆と一緒に来ました。

洲本城の天守閣は現在修理中で、中には入れませんでした。しかし、この高さから城下を見ると、海有り、山有り、街有りで、素晴らしいパノラマです。

以前厳島神社に行ったときに、庚午事変の事が書かれてあり、そこに、淡路のこの洲本城の事も書かれていました。

庚午事変とは、元々淡路島は徳島藩の領地だったのにお家騒動があり、現在は兵庫県に編入されたきっかけとなる事件のことです。

稲田騒動(いなだそうどう)とも呼ばれる事件です。根底には徳島藩の家祖 蜂須賀小六とその盟友稲田家とは、元々対等な関係だったのですが、幕藩体制になると主従関係になってしまい、その鬱積が幕末まで続いていたようです。

今の時代でいえば、一緒に会社を作った創業者達が、段々と経営者と社員に立場が変わり、社員に転落した側が、創業当時の対等な関係を夢見て、社内クーデターを起こしたようなものです。

しかし、時代は明治維新の1868年以降のことで、明治の新政府から見ると、とんでもない時代錯誤で、この結果、淡路島は徳島県から兵庫県になってしまいました。

徳島藩のお家騒動の、喧嘩両成敗の結果を反省してみると、むやみに武力を伴う喧嘩はするものではないなあと思います。

幕藩体制の時代には、淡路島は徳島藩の領内であり、支藩だったので淡路島全体は、徳島藩に向いていました。この洲本城も、徳島藩と連携できるようなポジショニングで建てられています。

春の桜見物が楽しみです。

洲本城跡〒656-0023 兵庫県洲本市小路谷1272−2

南あわじ市 桜の名所 サンライズ淡路 ふれあい公園

奧さんと淡路島の南あわじ地区をドライブしていると、偶然サンライズ淡路という、公園のある公共施設に遭遇しました。

ちょうどお昼時で、お腹も空いてきたので、サンライズ淡路で食事をすることにしました。

淡路島には、3つの市があります。

神戸から近い順に並べると、淡路市、洲本市、南あわじ市の3市です。

南あわじ市は、神戸からは遠くて、四国に近い位置にあります。

南あわじ市にも、四国に繋がる鳴門海峡大橋があります。

人口密度で見ると、南あわじ市は淡路島の中でも、人口密度が低い地域で、緑広がる景観が素晴らしい場所です。

ドライブに行ったり、景色を見て回るには、南あわじ市は素晴らしい場所です。

サンライズ淡路の食堂の入り口には、マック鈴木こと鈴木誠選手のユニフォームが展示されていました。

どうしてここに鈴木誠選手のユニフォームがあるのか受付で尋ねてみると、サンライズ淡路の中にあるスポーツジムをプロデュースしたそうです。

野球のことは良く分かりませんが、マック鈴木選手は、現役時代はオリックス球団で活躍されていたようです。

サンライズ淡路の食堂には、誰も居ませんでした。

今日はお休みなのか、周りを伺いながら食堂の中に入っていき、大きな声で「ごめんください」と、かけ声をすると、厨房の奥から女性スタッフが出てきました。

お休みではなくて良かったです。

お客様が来ないので、奥で待機していたようです。

食堂を用意していても、お客様が来なければ、この食堂の維持は大丈夫かな?と不安に思い、スタッフの方にここのお店の経営はどなたがしているのですか?と尋ねると、経営主体は南あわじ市だそうです。

それなら、社員も安心して努められそうですが、お昼時間に誰も居なければ、南あわじ市も食堂の維持に自信がなくなるかもしれません。

ハンバーグ定食をお願いすると、しばらくして、美味しそうなハンバーグ定食が出来上がりました。

スタッフの女性はとても気がつく方で、接客マナーも優れていました。

どこから来られたのですか?と尋ねられ、神戸からですと答えると、よくまぁ、わざわざここまで来て頂きまして、ありがとうございます。と、平身低頭の歓待振りです。

サンライズ淡路の施設の中には、日帰り温泉もあるそうです。

入浴料は大人一人400円です。

こちらも、今現在は、お客様が居ませんでした。

天然温泉ですか?とお尋ねすると、地下から湧く冷泉を加熱しているそうです。

そうなると、油代がかかりそうです。

お客様がいつ来ても、温泉に入って頂ける様に、ずっと一定の温度を維持しておく事は、かなり経費がかかりそうです。

車でまわらないと、一巡できそうにない広い敷地です。

中には、テニスコート、体育館、グランドもあり、ここなら運動部の合宿が出来そうです。

さつきが咲いています。

サツキに誘われて、車を降りて、しばふの広場を歩いてみました。

小鳥の声が聞こえ、清々しい気持ちになる、森林浴にもなる、素晴らしい場所です。

もし、ここが明石海峡側だったら、社内研修はこんなところで合宿をしたいものです。

お天気も良くて、しばらくは芝生に寝転んで、日光浴をしたいところですが、奧さんは車の中で待っているので、長い時間待たせるわけにもいかず、未練を残しながら車に戻ります。

800本のソメイヨシノ!諭鶴羽ダム公園

諭鶴羽ダム公園 南あわじ市神代浦壁1046

賀集八幡神社

南あわじ市の賀集八幡神社の桜は、間もなく咲き始めます。

護国寺の本堂に向かって左側には、先ほどみた売店のような、調味料を売っている場所があり、右側には、廊下の隅に浮き立ったマスコットがいます。一体なんでしょう。

**

側に寄ってみると、高野山開創1200年のマスコットキャラクター「こうやくん」でした。高野山の開山は、西暦816年(弘仁7年)です。2016年に、1200年を迎えます。

**

高野山は、平安時代に弘法大師によって開かれた、真言宗の聖地です。その時から1200年もたったと言うのですから、歴史の深さを感じました。

**

南あわじ市は暖かいのか、ソテツがよく育っています。ソテツの葉は、横に広がると、とげのような葉で、目をつくと大変なことです。ソテツの横に広がった葉は刈り取られ、チューリップの花のように上に向いて葉が開くと、パイナップルのように見えて来ます。

**

山門の脇には鐘楼があり、重そうな鐘が吊られていて、横の鐘つき棒と一対になっています。

**

日本家屋の内、屋根に瓦を敷く、瓦葺き屋根は工費も高く、贅沢な作りですが、地震などの揺れには、加重が重しとなって、柱に負担がかかってしまいます。

**

南あわじ市の特産品に、瓦があります。淡路瓦と呼ばれ、日本三大瓦と呼ばれる物のひとつに数えられます。あと二つは、島根県の石州瓦、愛知県の三州瓦です。護国寺の瓦は、美しい銀色のいぶし瓦です。

**

護国寺を後にして、護国寺から少し上に上がって、次にやってきたのは、賀集八幡神社です。

**

賀集八幡神社の創立は不明ですが、1340(暦応3)年、足利尊氏の命により阿波から入島した細川師氏(もろうじ)が神前で戦勝を祈り、鎬箭(かぶらや)を申し受けたと言われています。

**

しまなみ海道にある、大三島の大山祇神社も、戦の神様として、古くから武将の寄進を受けて、今では国宝級の文化財が残っていますが、ここ賀集神社も、戦国大名や武将たちの寄進を受けて、立派な神社の構造が残っています。

**

残念で、残念で、たまりません。こんなよいお天気に、こんな立派な文化財の中で、春爛漫の桜を見たかった・・・。残念です。

**

賀集八幡の境内を、少し回っただけでも、神馬の銅像があり、丹念に見て回ると、相当な文化財がありそうです。

**

**

神殿は、いつの日か改築工事をしたようで、改築工事に携わった人たちや、寄付をした人たちの名前が、石版に刻まれています。

**

この名前を見ていると、鳥居から神殿に続く、参道にぶら下がっている紅白の提灯の名前と、一致しています。

**

神社の中にも、また別の神社が、あちらこちらにあります。

**

松葉博雄の定休日は週に一回で、桜の咲く期間はわずかで、次の定休日まで、桜見物にはいけませんが、次の定休日にはきっと、全国の桜が咲き始める頃です。

**

来週の定休日には、日帰りツアーはどこに行こうか、重大な選択をしないといけません。

**

お城の石垣に咲く桜もいいし、神社の赤い鳥居に咲く桜もいいし、川の堤に咲く桜もいいし、公園の桜もいいし、迷ってしまいます。

〒656-0511 兵庫県南あわじ市賀集八幡734

まとめ

淡路島は緑豊かな桜の花の咲く島です。お花見のスポットは、淡路島の各地にあります。 桜がインスタ映えするスポットは、世界一の大橋である明石海峡大橋をバックに桜を映せる、兵庫県立淡路島公園展望台がお薦めです。

淡路島の玄関口の淡路インターに隣接する場所なので、淡路島のお花見に来たら、最初に見ても、帰る前の最後に見ても、お花見スポットに入れたいスポットです。