神戸震災経験 阪神淡路大震災から23年

神戸震災経験 震災当日から、仮設店舗設立まで

神戸震災経験 怖ろしかった神戸震災の経験です。震災は突然やってきて、あらゆる建物や家具を打ち壊し、去っていきました。神戸震災を経験した当時の出来事から、神戸震災経験を思い起こしています。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災 2日目

阪急岡本からJR摂津本山駅の辺りを、見て回りました。震災後2日目の様子 本山駅周辺では、マンションの2階・3階部分が潰れ、建物は斜めに傾いてしまっています。

 

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神戸震災経験 阪神淡路大震災3日目

阪神大震災 3日目になると、これからどのように生きていくのか、会社をどのようにするのかを考えねばならなくなりました。

 

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神戸震災経験 阪神淡路大震災4日目

さんセンタープラザの管理事務所と連絡が震災後初めて取れました。さんプラザビルが一番被害がひどいようでした。

 

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神戸震災経験 阪神淡路大震災5日目 貴重品の確保と搬出

阪神大震災の復旧の為の自衛隊は、秩序を維持し、指揮系統に従い、無線を常に携帯し、ジープに乗った先遣隊は前方の様子を探りながら後方の部隊に連絡を取り合い、一つの指揮系統の元に動いていることが分かります。

神戸震災経験 阪神淡路大震災6日目

さんプラザの倒壊したビルの中を、明かりの消えた店舗の中に入って、罹災の状況を確かめました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災7日目 

会社の復興を始めます。会社の復興は、移転先探しからです。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災8日目

神戸市役所に情報を求めて罹災した市民が集まっています。神戸市役所2号館は6階部分が崩壊しています。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災9日目

寒い三宮の震災地です。簡易ガスコンロでお湯を炊いて、暖をとっています。

震災支援でほしい物は、人手です。社員は、連絡が取れず、消息不明で人手が足りません。

さんプラザビルに出社して、廊下に出てガスコンロで火を付けて少しでも暖かいものでも飲んで、元気を出そうと鍋に水をはり、暖かいものを作りました。

廊下は薄暗く、近くの窓から自然の光が差し込み、陽が昇る朝から陽が沈む夕方までは自然の光で復興を進めることができるようです。廊下の角を曲がり、窓から遠くなるほど明かりは暗くなり、不気味さを感じます。

水道の水は止まっています。水を汲んでお湯を沸かすことはできません。ペットボトルで戴いたお水が頼りになります。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災10~11日目 復興への始動

 今西ビルが仮設店舗になりそうです。今西ビルは、神戸市役所の近くにあります。

 

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神戸震災経験 阪神淡路大震災12~15日目 今西ビルに移転先を決める

 富士通ビジネスシステム(FJB)が電話回線をつなぐために来てくれました。

長男に中学校を休ませ、しばらくは私のそばに置いて、震災の復興の現場を長男に見せていました。

震災が起きてから感じたことは、通信が出来ないことは孤立したようなものだということです。家庭用・ビジネス用に取り付けられている電話回線は有線なので、回線確保の復旧を待たなければ個人ではどうにもなりませんでした。

復旧には1つ1つの現場を回る優先順位があるはずです。どのような順序で回るのかはわかりません。復旧をお願いするための連絡さえできない状況でした。そこで、ビジネスフォンを購入した会社に出向いて、足を運んで頼んで頼んでなんとか優先順位を繰り上がるようにお願いしました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災16日目

メニコンの菱田孝ニ所長、安永幹夫さんを含む6名、ボシュロムの嶋岡邦寿さん、チバの伊藤益雄さん、塩谷さんを含む5名、ニチコンの宮脇理さん、アルファコーポレーションの槙隆司さんが手伝いに来て下さいました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災17日目 江戸町で仮設店舗

さんプラザビルの復興が決まりました。

 

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神戸震災経験 阪神淡路大震災18日目

阪神大震災から、2週間後、倒壊したさんプラザビルから神戸市役所近くの、今西ビルに移転です。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災19日目(前半)

神戸市役所の地域医療課へ行き、松葉眼科の再開をマスコミに伝えて頂くよう、お願いしました。

我が社が復興オープンしたことを広く罹災者に向けて伝えにいくために、市役所本庁6階の地域医療課を訪問しました。

ここでは、医療関係に関する復興の状況を把握し、その情報を新聞社やラジオ局へ伝え、新聞・ラジオから私たちの復興を伝えてもらうために訪れました。この行動は後日、新聞、ラジオにより予想どおりの効果が表われてきます。報道を通じてさらに支援の声が届くようになりました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災19日目(後半)

阪神大震災で罹災したお客様に、営業再開のお知らせと緊急お伺い書を、ハガキ印刷します。

若菜小学校から帰ると、往復葉書を用意して顧客に対して今回の震災の状況をお尋ねする「緊急お伺い書」を作成し、投函する準備に取り組みました。印刷はこれまでの馴染みの元町にある印刷屋のタイムスにお願いしました。

タイムスの社長も被災しているにも関わらず快く印刷を期限以内に引き受けてくれました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災20~23日目

メニコンは、どの会社が復興に立ち上がってくるか、様子を見ています。
震災前の取引先と、震災後の取引先に、支援の比重に差が起きそうです。

今日の日曜日、高校に進学している次女から大学に行く進路の相談が電話でありました。

本来、大事なことなので自宅に戻ってきて進路の相談をするべきなのですが、交通機関が麻痺しているため電話連絡となりました。

今、震災の復興に気を取られていますが、娘にとっては大事な大学受験を控えているということです。

どこを受けるかという問題になるわけですが、やはり親と相談してどこにするかを決めることになります。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災24~26日目

 SOGO神戸店の取り壊しが始まりました。

昨日の議論の結果、本日の木曜日は定休日となりました。

有馬での避難生活も少しずつ慣れて、周りを見回すゆとりも出てきました。有馬の温泉街は四方を山に囲まれた狭間にあります。

余震による、ドーンという山の地響きが山びこのように時々聞こえてきます。これが、不気味な恐怖感を呼び起こすことがありました。またあの地震が起きるのではないかという不安です。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災27日目

震災後、三宮の企業間競争が始まりました。  応援と売上の喜び

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神戸震災経験 阪神淡路大震災28~30日目

そごう神戸店の取り壊しが進んでいます。ニッセイ三宮ビルも取り壊しが始まります。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災31~34日目

大震災の後、神戸のライフラインの復旧が、徐々に進んできました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災35~39日目

 阪神大震災でコンタクトレンズと、ケア用品を失って、困っている方への支援をメニコン、ジョンソン・エンド・ジョンソ、チバビジョン、ボシュロム、依頼しています。

震災後やむをえず退職された方、避難された方に対する離職者の手続きを今日から始めました。離職者の方は、実家に帰って平穏な生活に戻っているので、失業保険の給付を急いでいます。

ところが、神戸の職業安定所も大変な被害状況で、実際のところ業務はしばらく機能停止していました。

遠くから待っている立場と、当事者が混乱の中でしないといけないという気持ちには、やや温度差ができてしまい、いかんともしがたい状況でした。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災40~43日目

 震災の為、通勤の難しさがあり、退職者が続きます。新たに、採用活動をしています。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災44~50日目

 三宮地下街『さんちか』で、一部の店舗の営業が再開されました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災51~53日目

 メニコンの安永幹夫さんと復興について、連日相談をしています。メニコン以外の取引先へも、支援物資の依頼をしています。

今日はメニコンの担当の安永幹夫さんと夕食を一緒にしました。復興についてどのようにするかということを一緒になって相談し合いました。

メニコンの神戸営業所も大変な被害の状況になっています。メニコン社が入居している柏井ビルが前面の通路に向かって傾きかけてしまいました。

震災当日は持ちこたえて、踏ん張っていました。私も当日、柏井ビルの前を通り、記録を撮りました。

ところが、翌日には柏井ビルは前倒しとなり、向かいのビルまで破壊して倒れてしまいました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災54~57日目

震災後、阪急は御影・三宮間が復旧しました。

次女と長男が春休みになったので、学校の寮から神戸に帰ってきました。本来なら進学の問題が家の中で大きな問題となり、いろいろと相談に乗ってやらないといけないのですが、今の現状を見れば、子供達も自分で考え、自分で進路を判断して進んでいるように思えて、すまないと思う反面、成長したなあと頼もしく思いました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災58~62日目

 阪神大震災の支援の御礼に、自宅でいかなごを炊いて、支援して頂いた方に、御礼の気持ちを込めて差し上げました。

最近どうも痩せてきて、自分でも少し体重が軽くなったような気がしています。突然のことなら、すぐに異変が分かるのですが、1月の震災からストレスが続き、不安な日々を暮らしていることと、復興をなんとか確かなものにという責任感や義務感と、競争に対する緊張感などがゆっくりとたまってきているせいかもしれません。

長期的にたまったことだし、この先もまだまだ続くようなので、体調に異変が出ても不思議ではありません。

少し周りからも、気をつけるようにと勧められたので、今日は思い切って宮脇内科で点滴を受けました。

一番心配していたのは糖尿病でしたが、糖尿値は下がっていました。一時間ほどの点滴を受けて、そのあと会社に行きました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災63~72日目

 全国からかけつけてきていただいた震災復興ボランティアの方たちも少しずつ引き上げが始まっています。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災73~78日目

JR六甲道駅の修復が終わり、JRが開通しました。

やっとJRが開通しました。

さんプラザの区分所有者会議が今日の1時からセンタープラザ西館でありました。

さんプラザの復興について、長期的には全て壊して建て直しをするのか、短期的には応急処置を行いできるだけ早くオープンするのか、どちらにするのかの選択が問われています。それぞれの意見が別れ、そこで所有者による選挙になりました。どちらをとるかによって今後の店舗運営が大きく変わってきます。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災79~84日目

 震災復興に集中して、娘と息子の進学相談には、十分に話を出来ていませんでした。

阪神大震災後初めてのお花見です。社員の皆さんと、メニコンの安永幹夫さんの協力で、芦屋川に夜桜を見に行きました。今日はメーカーさんに対して感謝の気持ちで感謝祭をしました。

中国縦貫道路の西宮北口インターチェンジの近くに車で集合しました。ここを選んだのは、三宮ではたいしたおもてなしができませんが、郊外に出ると以前のように変わらない状態でネオンは光り、お店は開いているからです。

お肉で有名な三田屋さんに集まりました。メンバーは、メニコンの菱田孝二さん、安永幹夫さん、ニチコンの宮脇理さん、大和幸樹さん、ボシュロムの嶋岡邦寿さん、チバの塩谷さん、アルファコーポレーションの槇隆司さん、J&Jの岸さん、それから山崎君、息子をいれて11名となりました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災85~91日目

大震災で傷ついた神戸に、新たな競争企業が進出を計画しているようです。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災92~98日目

大震災の復興活動で、ついに心因性の糖尿病の診断が下りました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災99~104日目

阪神淡路大震災から100日を超えました。大震災で倒壊した、三宮中心の倒壊ビルの取り壊しが進んでいます。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災105~111日目

阪神淡路大震災後、初めてのゴールデンウィークを淡路島で過ごす

震災復興の疲れは、腰痛を起こしました。腰痛で、歩けなくなり、緊急に整体の施術を受けました。

5月1日(月)は阪神淡路大震災から数えて105日目です。

気温も上がり、着ている服も厚手の服から少しずつ薄くなり、服の色も黒っぽい色から黄色や白色や青色などに変わって、目に見えてだんだんと春らしくなってきました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災112~118日目

 阪神大震災を事前に予見して、神戸から信者と一緒に社町に疎開してた占い師の矢代さんを訪ねて、占ってもらいました。占いの結果は、松葉博雄の人生は明るいという事でした。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災119~125日目

三宮で震災復興のための工事が始まりました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災126~132日目

阪神淡路大震災から命を守っていただいたご先祖様へ感謝のお墓参り  そごう神戸店の罹災したビルは、解体され撤去されています。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災133~139日目

震災後、阪急電車が開通しましたが、ダイエーを中心とする三宮センター街の復興はまだまだ進みません 

5月29日(月)は、兵庫県眼科医会の幹部の先生方は、多くの罹災したコンタクトレンズ装用者に対するサポートをどのようにするべきか、頭を悩ましています。

コンタクトレンズの装用のためには、眼科的な検査が必要であり、装用中にコンタクトレンズのために眼に障害が起きると、眼科的な治療も必要になってきます。

したがって、コンタクトレンズの復興について、眼科医師との連携なしには、流通・販売だけではうまく安全性の確保ができません。

そこで、コンタクトレンズを従来のように希望者に提供するためには、流通・販売側としては、震災復興のためには、どのようにするべきか意見を出してほしいというお話しでした。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災140~146日目

 震災の後は、交通機関が混乱し、これまでのような通勤時間では、出社出来なくなり、退職者が続いています。採用活動も、積極的に行っています。

6月7日(水)また、社員の人から退職の願いがありました。「ちょっとお話が」と言われるとドキッとし、また、例の退職の話かなとすぐにピンときます。辞めるには辞める理由があり、それを押しとどめることは難しいことは分かっています。

今の震災復興期には、これまで経験のしたことのない程のたくさんの障害があります。

女性の場合は通勤時間が交通事情の悪化のため遅くなり、お家の家族の方からすれば、少し復興が落ち着くまで三宮へ行くのは見合わせたらどうかというご意見があるようです。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災147~153日目

「阪急電車全線開通/チバの内山賛平社長のお見舞い/ゴルフの練習/賞与の支給/父の日のプレゼント」

6月12日に阪急電車の神戸線が全線開通しました。阪急電車で通勤しているので、阪急電車がこれまでのように復旧して、電車ですぐに三宮に通えるようになることは、自分自身だけでなく、お客様や、従業員の皆さん、取引先の皆さんが三宮に来やすくなることです。

もう一つ嬉しいことは、岡本に特急がこれから止まるようになります。岡本には甲南大学、甲南女子大、神戸女子薬科大学などの大学があり、特急停車駅に昇格したことは、便利になります。

さんプラザビルの解体も、粉塵の中で進んでいます。10階建ての屋上には、遠くから見ても一際目立つトヨタの電飾の広告塔がありました。このトヨタの広告塔がクレーンでつり上げられ、撤去されました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災から16年目 2011年1月

忘れないで、災害を忘れないで:阪神淡路大震災と、震災復興への取り組みは、毎年1月17日になると、思い出が蘇って来ます。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災から20年目 2015年1月

阪神大震災の犠牲者への追悼と、復興支援の御礼

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神戸震災経験 神戸の大震災の時は、『異国の丘』の曲を口ずさみながら、黙々と復興に向かっていました。

神戸震災経験 阪神淡路大震災から20年目 2015年1月17日 1.17のつどいのブログはこちら

神戸震災経験 神戸に地震が起きた1月17日、この日を忘れないようにと、もつ鍋と、水炊きセットを、社員に配りました。

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神戸震災経験 バンディ石田さんのインタビューでは、阪神淡路大震災の教訓を、モロゾフのガラスコップを例にして話しました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災から21年目 2016年1月

阪神淡路大震災から21年目 さんプラザコンタクトレンズ松葉博雄社長に聞く復興 バンディーズ

1月17日の今日は、阪神淡路大震災の起きた日です。

あれから、今年で21年になります。

歳月が流れるに従い、記憶も薄れていくようです。

KissFMのバンディ石田さんが、阪神淡路大震災の記憶を忘れないで残しておきたいと、

企業家的立場からの、阪神淡路大震災の経験を話して欲しいと、インタビューがありました。

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神戸震災経験 阪神淡路大震災から22年目 2017年1月

2017年の1.17のつどいのテーマは「光」です。阪神淡路大震災/神戸

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