コンタクトレンズのシード(浦壁昌広社長)は、創立60周年の祝を大阪帝国ホテルで行いました。

シードの創立60周年記念パーティーにあわせて、シードの株価は新高値の4000円を超えました。

コンタクトレンズのシードは、2017年10月に創立60周年を迎えました。

シードの創業は、前身の株式会社東京コンタクトレンズ研究所から始まります。

シードのあゆみを振り返ってみると、このようになります。

シードのあゆみ

1951年 我が国初のコンタクトレンズの研究を開始。

1957年 10月9日、株式会社東京コンタクトレンズ研究所を設立。

1962年 ブランド名を「マイコン」と名付ける。

1970年 「マイコン」大阪万博のタイムカプセルに収納。

1972年 我が国で初のソフトレンズ「マイコンソフト」を発売。

1984年 酸素透過性ハードレンズ「マイコンハイ O2」を発売。

1985年 株式会社シードコンタクトレンズ研究所を設立。

ブランド名を「マイコン」から「シード(SEED)」に変更。

製販分離独立を目的として各地に販売子会社を設立。

1987年 商号変更。株式会社シードに改める。

1988年 高酸素透過性ハードレンズ「シード A-1」を発売。大宮研究所を設立。

1989年 社団法人日本証券業協会に株式の店頭登録を行う。

1991年 桶川研究所を設立。

1992年 煮沸消毒不要のソフトレンズケアシステム「コンセプト F」発売。

1993年 眼鏡市場に参入開始。

1998年 販売子会社を清算し、業務を本社に統合。

1999年 社内イントラネットを構築し、全拠点のLANシステムを確立。

2000年 高酸素透過性ハードレンズ「シード S-1」を発売。女優松雪泰子プロデュースのア

イウェアブランド「Vivid Moon」発売。

2001年 酸素透過性ハード・ハードコンタクトレンズ用酵素洗浄保存液「ピュアティ ワンボ

トルタイプ」発売。ソフトコンタクトレンズ専用洗浄・消毒システム「ソフトメイ

ト」発売。2週間定期交換ソフトレンズ「シード2weekFine」発売。大宮研究所を

桶川研究所に統合し「シード総合研究所」を設立。ヤングのためのアイウェアブラ

ン「plusmix」発売。

2002年 1ヶ月定期交換ソフトレンズ「シード MonthlyFine」発売。英国王室御用達ブラン

ド「Kinloch Anderson」のアイウェアを発売。

2003年 井上忠、七代目社長に就任。アデノウィルス抗原検出試薬「アデノテスト AD」発売。

2004年 「ピュアティ ワンボトルタイプ」に抗菌成分をプラスしてリニューアル発売。2週間定期交換ソフトレンズ「シード 2weekPure」発売。酸素透過性ハードコンタクトレンズ用洗浄液「ジェルクリン」発売 。

2005年 2週間定期交換ソフトレンズ「シード 2weekPure」リニューアル発売。

2007年 創立50周年、「シード鴻巣研究所」を設立。

2008年 乱視用2週間交換ソフトコンタクトレンズ「シード 2weekFineαTORIC」発売。UVカットのハードコンタクトレンズ「シード UV-1」発売。

2009年 国産初の1日使い捨てソフトコンタクトレンズ「シード 1dayPure」発売。

2010年 浦壁昌広、八代目社長に就任

2012年 遠近両用1日使い捨てソフトコンタクトレンズ「シード 1dayPureマルチステージ」発売

2014年 株式会社東京証券取引所市場第二部に株式を市場変更

2016年 遠近両用2週間交換ソフトコンタクトレンズ「シード 2ウィークピュア マルチステージ」リニューアル発売

2017年 東京証券取引所第一部に指定替え

60周年のパーティー会場は、関西は大阪・帝国ホテルです。

ホテルの会場には、およそ300人ほどの招待客が来られていました。

誰か知った人がいないか、見渡せば、10人以上は、顔を見れば挨拶する人がいました。

浦壁昌広社長から、過去・現在・未来のシードの紹介がありました。

60周年の日に合わせるように、シードの株価は、新高値をつけて4000円を突破し、さらに値上がりの傾向があります。

株価を4000円まで引き上げたのは、一重に浦壁昌広社長の尽力の賜物です。

シードの株価は、長らく200円台でした。

それが1000円を超え、2000円を超えると、いっきに短期間で4000円を超えたのです。

現在のシードの重要な方が壇上にあがり、3つの薦被りのお酒の鏡開きをしました。

特別ゲストには、飯島直子さんが来られています。

飯島直子さんの写真は、シードの指定したカメラマンしか写してはいけないそうなので、私と奧さんが飯島直子さんと一緒に写して貰った写真は、後日頂ける事になります。

立食パーティーなので、パーティー会場の中を移動するのは、比較的容易なので、顔見知りの方を探して、挨拶をして回りました。

私が席にいるときに、相手が移動して、こちらに来られる方もいらっしゃいました。

鏡開きが終了すると、両脇に控えていた屋台のオープンです。

著名なお店や、皆さんが食べたいなと思うお料理には、たちまち長蛇の列が出来ました。

会場は、歓談の時間に入ったので、このときこそ顔見知りの方とお話する機会です。

シードの記念パーティーと、メニコンの記念パーティーとでは、出席者の顔ぶれがかなり違っています。

シードの社員の方は、得意先の接待係があるので、社員の皆さんは飲食はしていません。

我が社の担当以外にも、シードに転職して、シードの社員となった顔見知りの社員も多数いました。

転職した人の意見は、浦壁昌広社長の下では、のびのびと仕事が出来るという、大変自由闊達な社風になっている事が伝わって来ます。

平原綾香さんが舞台で、代表曲のJupiterなど、3曲歌われました。

このときは皆さん飲食が止まり、舞台の前へ前へと寄ってこられました。

大変盛況なパーティーでした。

浦壁昌広社長、シードの社員の皆さん、60周年おめでとうございます。

これからも、ますますのご発展をお祈りいたします。



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