『勅なれば いともかしこし 鶯の 宿はと問はば いかが答へむ』の和歌を思いながら鶯の一声を待っています。

沖縄では、ヒヨドリが家に迷い込むと、不吉な出来事と言われています。対策として、海辺にテントを張って、お祓いを受けます。

世代交代のために、最近は、会社に行くのを控えています。

私が会社にいれば、私に頼ってきて、世代交代が進まないからです。

立春が過ぎて、庭の梅も少しずつ咲き始めています。

梅の枝にみかんを切った断面をさしておくと、うぐいすが寄ってきます。

うぐいすは用心深く、写真を撮ろうとして、家の中で動いていると、悟られて逃げてしまうことがあります。

鶯の写真を撮るために、かかしのようにじっとしておくことが求められます。

頑張って鶯の写真を撮ろうとしてみましたが、鶯には気づかれて、逃げられました。

写真は、鶯のかわりに、メジロの写真を使っています。

歓迎しているのは、うぐいすですが、歓迎していないヒヨドリがやってくると、鶯は、ヒヨドリの勢いに圧倒されて逃げてしまいます。

沖縄では、ひよどりが家の中に迷い込んでくると、不吉なことがあるという迷信があり、ひよどりが家に迷い込んだ後は、海辺に行ってテントを張り、しばらくテントの中で悪霊を追い払うお祓いを受けます。

ひよどりは、鶯と違って、大胆です。

みかんの実がなくなるまで、ずっと居座って、食べつくしてしまいます。

冬になると、鳥インフルエンザのことが話題になりますが、鶯がつついたみかんの実をヒヨドリがつついたり、雀がつついていれば、鳥インフルエンザの経口感染が起きるのではないかと心配します。

紀内侍は、『勅なれば いともかしこし 鶯の 宿はと問はば いかが答へむ』と詠んでいます。

古の時代から、春になれば梅の花が咲き、梅の花には鶯が止まり、鶯が止まれば、ホーホケキョと鳴いてもらいたいというのが、定番のようです。

古の時代には、花といえば梅で、現代の春の花と言えば桜と思う考えとは違っていました。

昔の人は、梅の花が寒さの中で一輪ずつゆっくりと咲き、すぐには散らない咲き方をめでていたようです。

それが侍の時代になると、桜の花のように、散り際が潔いのが武士道としての美しさになり、いつの間にか春といえば桜の花のようになってしまったようです。

こうして考えると、王朝貴族は、梅をめでて、貴族に使えた侍は、桜をめでて、価値観は違うことがわかります。

どちらが美しいのか、考えながら梅をめでていると、またひよどりがやってきて、次のみかんを鶯から奪おうとしています。



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