日本コンタクトレンズ(ニチコン)は事業を停止しました。

 日本コンタクトレンズからコンタクトレンズの事業を停止する連絡を受けました。(2018年5月1日連絡)

ニチコンの事業停止

ニチコンは、株式会社YWM社からスポンサー支援を受けることになった、

と2016年11月にお聞きしましたが、

スポンサーとの関係がうまくいかなかったようで、

2018年5月1日に、破産申請をしました。

わが社としては、45年もの長きにわたり、

取引関係があったので、今回の事業停止の判断は、

とても残念なこととして受け入れています。

朝日新聞記事より
「ニチコン」が破産へ 国内コンタクトレンズの草分け
 2018.5/2(水) 17:45配信 朝日新聞デジタル

 日本のコンタクトレンズの草分けの一つとされ、

「ニチコン」のブランドで知られる日本コンタクトレンズ(名古屋市)

が破産する見通しとなった。

2016年に名古屋地裁へ民事再生法の適用を申請し、

再建をめざしていたが、その手続きをやめることを今月1日に申請した。

スポンサーに決まった投資会社から、支援が得られなくなったため。

 関係者によると、すでに従業員は全員解雇された。

民事再生法の適用申請時の負債額は約19億円だった。

1964年に設立され、

日本でのコンタクトレンズ普及に一役買ったが、

90年代以降に急速に広まった使い捨てレンズへの対応が遅れていた。

 

日本コンタクトレンズは、民事再生手続きをしています。(2016年11月)

ニチコンの嵯峨和博さんから、

『スポンサー契約書締結のご報告』というお知らせを頂きました。

日本コンタクトレンズは、民事再生手続きをしています。
この度、

スポンサーとして

株式会社YWM社からスポンサー支援の意向表明がありました。

YWMとは食品関係の会社で、社長は吉村元久さんです。

コンタクトレンズとは全く業界の違う企業が、

日本コンタクトレンズのスポンサーに就任したようです。

予想ではメニコンがスポンサーになるのではないか

と言われていましたが、結果は違っていました。

日本コンタクトレンズの体制は、

当面は今の状態のままで経営されるようです。

 

二チコンについて調査・研究の思い出(2006年)

ニチコンの企業理念

日本コンタクトレンズ取締役営業本部本部長

宮脇理さんに来ていただきました。

目的は大阪府立大学大学院企業組織研究室との

共同研究の協力をいただく為です。

研究対象は

企業と従業員、顧客などの企業の周りで協力をしていただいている、

利害関係者(ステイクホルダー)を対象としています。

その為、経営者に直接お話を聞くことが研究には

とても重要なことになります。

株式会社日本コンタクトレンズ取締役営業本部本部長宮脇理さん

宮脇理さんと我が社とのお付き合いは、

もうすでに35年以上にわたっています。

阪神淡路大震災の時1995年には積極的に陣頭指揮を執り

我が社の再建に力を尽くしていただきました。

日本コンタクトレンズの特色は

眼科専門医、大学病院を中心とする

医療機関と密接な取引関係にあることです。

株式会社日本コンタクトレンズ取締役営業本部本部長宮脇理さん

日本コンタクトレンズは

名前が長いので愛称は「ニチコン」です。

ニチコンさんの企業理念は、

「新しいアイデアの創出、

技術の革新に努め、

お客様に愛される製品とサービスを提供し、

会社の繁栄とともに、

健全な医療社会の発展に貢献していく。 」

となっています。

 

ニチコンの歴史

日本コンタクトレンズの歴史は古く、

創業は1964年5月で、

本社はメニコンと同じく、愛知県名古屋市です。

創業者の水谷豊氏は、コンタクトレンズを日本で最初に

視力矯正用の医療用具として、治験に使いました。

阪神淡路大震災のときには助けてもらいました

宮脇さんと話していると、

1995年の阪神淡路大震災の時の事が、

つい、先日のように思いますが、

もうあれから11年も過ぎてしまっています。

歳月の流れは早く、

もう、11年も経過していまったことに

お互いに改めてあの時の苦労話と思い出に話がはずみました。