八栗寺のお迎え大師のある展望台から、高松市がよく見えます。

 八栗寺のお迎え大師とは、弘法大師が五剣山に辿り着いたとき、岩から湧き出る清水で、渇いた喉を潤したと言われています。 

四国八十八ヶ所巡り(5)

八栗寺のお迎え大師

八栗寺のお迎え大師がある、展望台のような、

見晴らしの良い場所に来ました。

晴れていたら、どんなに良い景色なのかと思う程、素晴らしい展望です。

 

お迎え大師の由来

お迎え大師の由来が書かれていました。

「お迎え大師の由来」を読めば、

「弘法大師が、修行でこの五剣山にたどり着いた折、

岩間よりあふれる清水でのどをうるおしたという。

里人はその水辺に大師像をまつり、

いつしか水大師と呼ぶようになった。

このたび大師堂の弘法大師木像を石像で作り、

讃岐平野をのぞむこの地にまつる。

水大師にちなみ、参詣者を迎えるお迎え大師と名付けた。

平成二十二年九月 吉祥日

発願主 八栗寺第二十五世住職 中井龍信

世話人 池田和芳」

と、記載されていました。

 

向こうに見える屋島

向こうに見える、右側の山が、屋島です。

源平盛衰記の古戦場です。

屋島の裾野に広がるのは、高松市です。

もうすぐそばに、U君達家族がいます。

しかし、今の時間訪ねていっても、皆さん仕事中や、

幼稚園に居て、一緒に会うことは出来ません。

夜になると、夜景に代わり、

夜景は高松市の街の灯りで、

きっと輝いていると思います。

四国は全体的に山が多く、

険しい山も沢山あり、川が山の土を運んで、

平野を作った扇状地は、それほど多くありません。

高松市の平野は、四国の中でも広い方です。

 

豊かな、ふっくらとした弘法大師像

弘法大師様の石像は、比較的新しいようで、

いつごろ建立されたのか、お迎え大師の石碑を読むと、

平成22年なので、今から4年前になります。

仏陀の像もそうですが、

写真の無い時代の人の形を表すと、

そこには、こんな形であってほしいという、願いが現れてきます。

たとえば、ブッダが修行を終えて悟りを開いた時は、

骨が見え、血管が浮き出るほどの、痩せた姿でした。

弘法大師様の姿も、きっとあの時代であれば、

痩せていたと思いますが、それでは、石像を作る人には、

貧相に見えて良くないので、

豊かな、ふっくらとした弘法大師像になっています。

 

 

展望台の舞台を作った記念碑

こちらの方に、この展望台の舞台を作った、

祈念碑の文字がありました。

それによると、この舞台は、平成25年12月に作られています。

今から1年前です。

素晴らしい眺望を見て、大変豊かな気持ちになりました。

これからまた、来た道を戻り、ロープウェーに向かいます。

まとめ

礼拝する石像や木像は、ふくよかなお姿が一般的です。

本来のお姿は、修行中であれば、お痩せになっていて普通です。

しかし、像に、救世の気持ちが籠れば、

お姿は、優しく、慈悲に満ちた、ふくよかな姿形になります。

幾年を経ても、救世を願う信者に応えるには

像は、益々満ち足りた、ふくよかな姿形になっていきます。

2014年12月11日(木)