国指定重要文化財 田中家住宅

徳島県石井町の重要文化財 田中家住宅の公開日は日曜日です。  四国八十八ヶ所巡り (10)

徳島県石井町の武知家から、もうひとつの藍寝床の田中家住宅を探し、10分ぐらいで田中家を見つけました。

見るからに、藍寝床の豪商のようなお家です。

国指定重要文化財 田中家住宅に関わる記載が表示されています。

今度は、武知家にはなかった表示が、初めての人にもわかるように、立てかけられています。

田中家住宅の初代当主の播磨屋与右衛門は、寛永年間(1624年頃)、初代阿波藩主の蜂須賀家政公について播磨の国(今の兵庫県姫路市付近)より徳島に入植し、藍畑や藍住地方に藍を広めました。

墓は、丸い形をしており門の横の墓地に納められております。380年以上に亘る家系で、現在で17代目の当主となります。

建物は全部で11棟あり、安政6年に、まず宝庫が完成し、その後、工事は順次進められ、次に南藍寝床、主屋へと進み最後明治20年に藍納屋が完成したそうです。

建物全体で約30年、石垣が約20年ですので、合計約50年かけて完成した家だそうです。特色としては、一人の棟梁大工によって全ての建物が建てられている為、安政から明治にかけての建築物が同じ様式で建てられていると言うことです。

江戸末期から明治にかけての建物が揃っているので、建築学的にも貴重なものとされています。

昭和51年2月に、文化庁より全ての建物が重要文化財の指定を受け、それから約5年半の昭和56年6月30日に復元されたもので、民家として、屋敷の建物全てが重要文化財の指定を受けたのは、全国でもほかにありません。(田中家住宅パンフレットより)

玄関に行き、大きな声で「こんにちは」の声かけをすると、奥の方からこの家の主婦のような女性の方が出てこられました。

今日は、公開日ではないそうです。公開日は日曜日だけです。しかも、これから重要文化財としての家屋の保全工事が始まるので、来年の春までは、日曜日でも公開を中止するそうです。残念です。

神戸から来たことを伝えると、それなら、お気の毒なので、特別に外からお見せしましょうと、閉めている戸を開けて、外から中の様子を見えるように、心遣いをしてくれました。

茶室や宝庫、江戸時代の机、硯、本箱、柱時計、消化器などが展示されています。

棟札、風呂敷、青藍液などの展示もあります。

昭和の初めの頃の豪商の生活振りが、伝わってきます。しかし、文明のおかげで、昔の豪商でもできなかった快適な生活を、今の一般庶民が出来ていることに気がつきます。

例えば、部屋の冷暖房、照明、電気製品一式などは、昔の豪商にでも、その昔のお殿様でも、将軍様でも、その便利さの恩恵にあずかっていません。

お庭を案内してくれました。お庭の一部には、工事のための支柱が立てられています。

なんと立派な庭木でしょうか。素人でも、これは貴重なものとわかる庭木が、庭の真ん中にそびえています。説明では、とても縁起の良い庭木だそうです。

庭から回って、外に繋がる水回りの仕事をする中庭を見せてくれました。古い井戸が残っていましたが、これは現在は使われておりません。

その理由は、吉野川の水位が下がり、井戸の水が涸れたそうです。

田中家の受難は、吉野川の氾濫でした。かつて治水が不十分であった吉野川は、大雨が降ると、吉野川は決壊し、この田中家の屋敷にまで水が迫ってきて、田畑・水田は、壊滅したそうです。

そこで豪商田中家では、吉野川の水が氾濫しても、屋敷の中までは濁流が入ってこないように、石垣を高くし、石垣も隙間がないほど緻密に、ぎっしりと、水の入る隙間がないように、完璧な石垣を築いたそうです。

2014年11月27日(木)