石巻市周辺の被災地を巡って行きました。

髙政蒲鉾工場 石巻市渡波地区・魚町地区 門脇地区・南浜町地区を巡りました。 東日本へ出張(11)

東日本大震災の後の、予想を超えるような大きな津波が、石巻市を襲いました。あれから3年7ヶ月経って、まだ復興半ばの所や、かなり復興が進んでいる所を、案内して頂いています。

「蒲鉾本舗 髙政 万石の里」は、復興が進んでいる所です。

大津波が起きた後、蒲鉾本舗 髙政では、罹災者に蒲鉾の無料サービスをしたそうです。それが、マスコミでも紹介され、復興の大きな力になったそうです。

バスで、万石の里の駐車場に着くと、先着のバスが、何台も駐車していました。バスからは、大勢のお客様が、お店に入り、お土産の蒲鉾を選んで、レジには行列が出来ていました。

ミンク鯨の赤肉ブロックが、冷凍で売られていました。女川は、近海で獲れるミンク鯨も名物です。

鯨は、高タンパク低カロリーで、バレニン(抗疲労成分)がたっぷり入っています。

笹蒲鉾や、うに蒲鉾、かに蒲鉾、まいたけ入りの揚げ蒲鉾などが入ったセットもありました。

津波の慰霊のバスツアーは、そろそろ終わりに近付きました。最後の場所は、「がんばろう!石巻」と、大きな看板が設置されている、もともとは住宅地であった、被災場所です。

この「がんばろう!石巻」の看板は、自らも津波の被害に遭った、黒澤健一さんが作ったものだそうです。新聞にも取り上げられ、話題になった看板です。

地面に「復興するぞ」と書かれています。

皆さんで、慰霊の祈りをしている時、向かいの「石巻焼きそば味平」のオーナー 尾形勝寿さんが、やって来られました。尾形勝寿さんは、津波が起きたときの話を聞かせてくれました。

以下は、尾形勝寿さんが、石巻かほく新聞(平成23年)に掲載された記事の抜粋です。

震災が発生したとき、経営するラーメン店は、暇な時間帯だった。私は店を妻に任せて、床屋へ行き、戻ってきた所で、ぐらりと揺れが襲ってきた。

地震の後片付けをしていた頃、ドカーン!という音と衝撃。建物全体が頭の上に倒れかかるような気配を感じた。足下には、水が溢れてきた。

近所のおばあちゃんが「津波だー!」と叫んで逃げてくる。

「お父さーん!ほれ、津波だ!」と聞こえてきたのが、妻の最期の声だったような気がする。水位が背丈を超えて、ぐるぐると掻き回される中で、意識が遠のいていく。

「あぁ、死んでいくんだ」と思った。水中に何分、何十秒いたのか分からないが、明るさを感じて、「あっちが上だ」と思い、もがいていたら、水面に出ることができた。流れてきた柱にしがみつき、トタン板も流されてきたので、その上に這い上がった。

周りを見回したら、今度は火事だ。周囲の家が燃えている。私が乗ったトタン屋根は、近所の家にぶつかって止まった。2階には、その家の夫婦が逃げ上がっている。「延焼する、こっちに来い」と、トタン屋根に移らせた。気が付けば、日和が丘の土留めコンクリート壁まで、2メートルくらいの距離に近付いていた。

丘の上までの高さは約10メートルもある。「あそこに上がれば助かる」。トタン屋根の上に、流れてきたがれきを拾って積み重ね、少しずつ壁の方へ足がかりを伸ばした。壁の上まで高さは1.2メートルくらいに、がれきを踏み台のように立てかけ、ようやく上がることができた。

尾形勝寿さんは、今も元の場所で、飲食店を続けています。

石巻市からは、付近一帯を整備して、公園にするので、立ち退いてほしいと求められています。しかし、尾形勝寿さんは、津波で流された奥さんと離れて、この場所を立ち退きする気持ちが湧かないそうです。

最後の場所から、バスはもう一度、大街道コンタクトレンズに戻りました。津波で倒れた塀の傍には、さざんかの花が、津波の塩害にも負けずに咲いていました。

大街道コンタクトレンズの森潔英社長と、スタッフの千葉きい子さん、女川町観光協会の遠藤琢磨事務局長さん達には、大変お世話になりました。

石巻市から、JR仙台駅まで、バスで送っていただいたので、帰り道は大変助かりました。

仙台の街は、東日本大震災の前に、訪れたことがあります。今回も、仙台の観光をしたかったのですが、会社を何日もあけることが出来ず、これで神戸に帰ります。

心残りなのは、仙台の牛タンを、炭焼きでいただけなかったことです。

代わりに、駅弁の「仙台名物 牛たん弁当 塩竃の藻塩付」を買いました。

新幹線に乗ると、早速駅弁をいただきます。紐を引っ張ると、熱が発生して、しばらくすると、あったか、アツアツの牛タンがいただけるような、優れもののお弁当でした。

牛タンの表面は、脂がのって輝いています。

いただいてみると、意外に牛タンの肉厚が薄かったのは、ガッカリでした。もっと分厚い牛タンをいただきたいです。

当初の予定は、飛行機で神戸空港に向かう予定でした。それが、解散が2時間早くなったので、19時10分の神戸行きの便に乗るよりは、新幹線の方が早く着くので、新幹線で帰っています。

気になる社長研究室のアクセス数のチェックです。今日辺りが、アクセス数200万を突破する日です。

社長研究室を開けて見ると、今のアクセス数は、2,000,127です。

昨年は、8月の金沢へ向かう途中で、社長研究室のアクセス数は、100万を超えました。14ヶ月で、100万から200万に、大台代わりで、この調子で、次は300万を目指します。

2014年10月23日(木)