JR摂津本山から、阪急岡本にかけて、阪神淡路大震災では、倒壊した建物が多くありました。

味処 かつみは、阪神淡路大震災以降、JR摂津本山駅前から撤退して、淡路市東浦にお店を移転しています。  2014年9月淡路ツアー (4)

JR摂津本山駅の駅前に、魚料理の「味処 かつみ」がありました。もう、30年ほど前のことです。

当時は、家族の祝い事があったときは、この「味処 かつみ」を、よく利用していました。

1995年1月に起きた阪神淡路大震災で、摂津本山駅周辺は、甚大な災害が起き、「味処 かつみ」さんも、JR摂津本山の駅前のお店の再建を諦め、神戸から撤退されていました。

≫1995年1月

阪神淡路大震災のあと、阪急岡本地区から南のJR摂津本山地区にかけて、被害の状況を見て回りました。

味処かつみがあった摂津本山駅前地区は、多くのビルが倒壊していました。

今は、淡路島の淡路市東浦地区にお店を移して、地元の魚を仕入れて、以前と同じように、お魚を中心にした魚料理の店を継続しています。

生ビールを注文して、アサヒビールにして下さいとリクエストをしても、淡路の東浦地区では、アサヒビールを指名する人は、ごく僅かなので、アサヒビールを置いていないそうです。

今日は、お刺身の盛り合わせを注文しました。昨日は、時価のため、魚の仕入れが出来ていなくて、いま水槽に活かしている魚の中から、お刺身の盛り合わせを造ってくれました。

鮪のトロは、冷凍保存しているので、シケに関係なく、いつも備蓄があるようです。

やはりトロは美味しいです。顔なじみなので、何だかトロを、少し分厚く切ってくれたような気がします。

今日は珍しく、お客様がまだ居ないので、昔の神戸の時代の話をしました。

味処 かつみの名称は、どうして「かつみ」になったのですか?とお尋ねすると、この名前は、神戸の時代に、以前からお店をやっていた人から、あの店を譲り受けて、前の名前が「かつみ」だったので、お店の名前も継承したそうです。

なるほど、それは律儀な考えですね、譲ってくれた方が付けた名前を守るとは、譲った方もきっと嬉しかったでしょうねと、話が弾みました。

松葉博雄と奥さんが、東浦に移った「味処 かつみ」を見つけたのも、名前から、ひょっとしたらあの神戸の「かつみ」かなぁと考えて、お店を訪れて確認した経緯があります。

味処 かつみのお魚は、この近くの浦漁港の漁師さんから仕入れているそうです。

味処 かつみの後継者は、居るのでしょうか?確認すると、もう自分たちの代で、味処 かつみは終わりだそうです。子供が継いでくれればいいのですが、飲食店の経営には、興味が湧かないようです。

9月の時期は、淡路の海で、カレイが獲れない時期です。味処 かつみといえば、鰈の唐揚げですが、今の時期は、カレイを使った魚料理は出来ません。

穴子があるので、蒸し穴子と、焼き穴子の握りを、松葉博雄と奥さんに1貫ずつ握ってくれました。

これは、とても美味しい握りでした。

お店に入ったのは、夕方18時くらいでしたが、お店を出たのは、19時くらいで、夏なら明るい道も、9月の末になると、すっかり暗くなり、向こうに見える山の稜線が、とても綺麗に見えました。

淡路島の東浦に、神戸の摂津本山の時代から、顔なじみのお店があるので、淡路に来たら、味処 かつみに行くのが楽しみのひとつです。

2014年9月25日(木)