虹の瀧を見て、坂本龍馬も、土佐脱藩のときは、この瀧を見たのかなぁと思います。

虹谷川は、国道439号線に沿って流れています。虹谷川に、虹の瀧が朝日を浴びて、虹が浮かんでいました。 徳島 (7)

剣山を目指し、 色々寄り道をしながら、目的地へ向かいます。松葉博雄は運転を片山正喜さんにお願いしているので、助手席から、周囲の景色を堪能することが出来ます。そのかわり、自分で好きなところに車を停めることは出来ません。

とても素晴らしい景色がありました。そこで、車を停めてもらい、周囲の渓流をゆっくり見ます。何だか学校のような建物があり、運動場が付いています。

土地が狭いところでは、運動場を作るのも、人工的に渓流の上に、グラウンドを作っているのに、驚きました。

グラウンドの手すりから下を見下ろせば、アユやイワナが棲むような、清流が流れているとは、何とも自然豊かな地域だということが、伝わってきます。

徳島県の山間部からは吉野川、勝浦川、那賀川など、水量の豊富な河川が多数流れています。豊かな水資源は、この川から流れてきているのです。

ちなみに、徳島県内で最長の河川は吉野川(徳島県側延長109km)ではなく那賀川(延長125km)だそうです。(wikipediaより)

東祖谷の名産 純手打ちそば そば道場がありました。ここでは、古式蕎麦打ち体験ができるようです。

そばが栽培されるのは、お米が収穫出来る土地ではないからです。切り立った急斜面の山岳では、水田もままならなかったようです。

とても狭い道路で、対向車が来てしまいました。

こんな狭い道に、あんな大きなダンプカーが、勢いよく進んできて、しかも、道を譲る気配がありません。仕方がないので、片山正喜さんは、谷底に落ちないように、そろりそろりと後退して、やっとやり過ごす場所まで来ました。

剣山は、あと17キロです。最初、40キロ位からのスタートでしたが、真っ直ぐな広い道なら、40キロなんて、1時間もかかりません。

それが、曲がりくねった細い道で、対向車もあり、カーブを切り損ねると、待っているのは谷底なので、あと17キロの表示を見たときには、やっと半分まで来ることができたと、ほっとします。

行く先々に、もし、こんな光景が神戸にあれば、その一つ一つが、観光客を呼べる、貴重な観光資源のような、素晴らしい場所が続きます。目に付いたのは、 「虹の谷公園」と書いた看板です。

『虹の瀧

讃岐の人、菊地武矩の祖谷紀行(寛政12年)に、この滝のことを

「谷川を渡れば一の瀑布有千筋の白糸そらよりつらなり下るが如し云々」

と記しています。

菊地武矩もほめたこの滝に斜めに日がさしこむと、みごとな虹が一面にかかるので村人たちは「虹の瀧」と呼び、清浄な地として大切に守ってきたのである。』と書かれていました。

虹の瀧の前に立ってみると、東の方から、日が昇っている時間帯なので、日光が瀧に当たっています。虹が見えるのは、太陽を背にしたときと言われる通り、今、太陽の光を背に受けて、瀧を見ると、見事な虹が見えました。これには感動しました。

虹の瀧をバックに、写真を撮ってもらいました。見えている部分だけでも、だいたい15m程の落差でしょうか。

虹の瀧には、本当に虹が出ていて、とても綺麗でした。旅の楽しさは、お天気と、同行者で決まると言われています。

今日のお天気は、その通りで、虹の瀧も、太陽が光を当ててくれなければ、虹はかかりません。

虹を見て、虹が消えないうちに、お願い事を三回連続して、虹に向かって叫べば、願いが叶うと言われています。それは、虹の滞在時間が短いからですが、虹の瀧の虹は、願い事を100回続けて言っても、消えないほど、長時間続きます。

このあたりは、名前に虹がつくものが多いようです。司馬遼太郎の小説「龍馬がゆく」で読んだ、坂本龍馬が土佐藩を脱藩して、山越えをして、京都に向かう道は、今見ているように、舗装された道でもなく、谷と谷に、橋がかかっている道でもありません。

坂本龍馬が、土佐脱藩の時に歩いた道は、下に見える渓流に沿った、ほんの僅かな、細い道なき道だったかもしれません。

脱藩ではなくて、通常の旅でも、自然の中にある道を、少し修理した程度の道を、明治の頃までは、足を頼りに山越えをし、谷越えをし、川越をしたそうです。昔の人は、偉いなぁ、と思いました。

徳島県の県北部は、粟が多く収穫されたことから「栗国」(あわのくに)、県南部は「長国」(ながのくに)と呼ばれていたそうですが、後に統合され、令制国では阿波国と呼ばれていました。

お盆休みの期間も、阿波踊りを観に、徳島へ遊びに来ました。

駅周辺の賑やかさとは違い、この辺りはとてものどかで、時間がゆっくり進んでいるようです。

また、瀧が見つかりました。瀧の水をパイプで引いて、生活水に使っているようです。

真っ直ぐ進めば小島峠、右に行けば439号線を通って剣山方面に行きます。いやしの温泉郷もあります。段々、剣山が近付いてきています。標識が無ければ、この道でいいのか、心配なところです。

標識には、大歩危34キロ、かずら橋23キロと表示されています。大歩危とかずら橋が、遠くなったことが分かります。

山の高さが高くなってきています。秋になれば、紅葉が綺麗な山のように見えます。しかし、ここにもう一度来ることがあるかどうか、多分、無いと思います。

2014年8月27日(水)