楚の国の荘王の「絶纓(ぜつえい)の会」の故事に対して、日本では、忠臣蔵の故事があります。

大石内蔵助 対 大野九郎兵衛の対比は、現代社会にも通じる、価値観の違いがあります。

楚の国の荘王の「絶纓(ぜつえい)の会」の故事を、思い出しながら、今朝も奥さんが作ってくれた、朝ご飯をいただいています。絶櫻の会と、通じる故事が、日本の歴史にもあります。

それは、講談でお馴染みの、浅野内匠頭の刃傷事件です。勅使供応係を任ぜられた浅野内匠頭は、高家筆頭、供応指導係の、吉良上野介の度重なる嫌がらせに、堪忍袋の緒が切れて、殿中松の廊下で、刀を抜き、吉良上野介に襲いかかりました。

殿中で刀を抜いたことにより、浅野内匠頭の所領、播州赤穂藩は、領地没収となります。

赤穂藩の家老、大石内蔵助は、幕府の沙汰に対して、無血開城をするか、城を枕に討ち死にするか、二者択一の重い選択をすることになります。

このとき、普段、忠臣ぶっていた大野九郎兵衛は、さっさと赤穂藩から出ていき、浅野内匠頭への忠義立てはしていません。

現代の企業に当てはめてみると、社長の不祥事で企業が傾くとき、大石内蔵助は、残った社員で会社の存続を図り、それがダメならライバル会社をやっつけようとする、愛社精神の強いリーダーです。

大野九郎兵衛は退職金を手に、真っ先に会社から逃げ出し、自らの生きる道を探っています。残った者で会社をもり立てようとする、愛社精神は示していません。

歴史の上では、大石内蔵助は、リーダーシップのある、善人役です。反対に、大野九郎兵衛は、自己中心の悪人役です。

楚の国の荘王の「絶纓(ぜつえい)の会」の故事では、荘王に助けられた武将は、窮地に陥った荘王を助け、恩返しをしています。

絶纓(ぜつえい)の会の故事と、忠臣蔵の故事を、朝ご飯を食べながら考えるようになるのも、歴史小説を最近読んでいるからです。

経営学研究をしているときは、経営学の本を中心に読んでいましたが、最近は歴史小説を読んでいます。

歴史小説を読むのは、大抵、深夜の寝床の中です。読み出すと止まらず、お陰で朝は眠たくて、ご飯をいただきながら、あくびをしています。奥さんの顔を見て、顔にあくびをしたのではありません。

お昼頃外出して、センター街をそごうの方向に歩いていると、センター街では安倍晋三首相の集団的自衛権の閣議決定に対して、反対のデモ行進と出会いました。ここでも、平和憲法に従順であるか、はたまた解釈を変えるか、二者択一の問題に出会いました。

2014年7月8日(火)