絶纓(ぜつえい)の会の故事を思い出しながら、鮎の塩焼きの晩ご飯です。

絶纓の会(ぜつえいのかい)は、楚の荘王が夜陰に紛れて、妻に無礼を働いた臣下の蒋雄を庇った故事です。

晩ご飯を食べながら、三国志で読んだ、「絶纓の会」の古事を思い出します。

昔、楚の国の荘王が武将を集めて、戦勝の酒宴の席で、大王の寵愛する許姫と一緒にお酒を飲んでいる時、突然強い風が吹き、薪の灯りが消え、周りが真っ暗になりました。

その夜陰に乗じて、ある武将が許姫の身体に触れるという、無礼なことが起きました。

その時、許姫は一瞬の判断で、無礼を働いた武将の冠につけていた、纓をもぎ取っていました。

許姫は、このことを荘王にこっそり言いつけて、無礼を働いた武将を成敗してくれるよう、耳打ちしました。

大王の寵愛する許姫に、無礼を働いたのですから、誰が無礼を働いたのか分かれば、死罪があって当然のことです。

しかし荘王は、明かりを点ける前に、一堂の武将に向かって、『皆、冠の纓を絶ってほしい』と、許姫の希望とは、反対のことを武将達に命じました。

明かりが点くと、無礼を働いた武将は、誰か分かるはずでしたが、全員が冠の纓を絶ってしまったので、誰が無礼を働いたのか分からなくなりました。

これは、荘王が臣下をかばっての一瞬の判断でした。この判断で、無礼を働いた武将は、死罪から命を助けられたことになります。

これは、三国志に出てくる、世に言う『絶纓の会』の故事です。今なら、社長がへまをした社員をかばったような事例です。

この話には続きがあります。許姫に無礼を働いた武将は蒋雄(しょうゆう)という武将でした。蒋雄は2年後、楚と晋との戦いの時、めざましい働きをして、荘王を助けました。荘王は感激して、何故こんなに自分のために働いてくれたのか、蒋雄に尋ねました。

蒋雄が荘王に向かって、「2年前の絶纓(ぜつえい)の会の事を覚えておられますか?」と、尋ねると、荘王はうなずいて、「覚えている」と言いました。

その無礼を働いた武将こそがこの私ですと、蒋雄がその時の荘王の寛大な措置に対して、恩返しの為に働いたことを話すと、荘王は大変感激したという故事です。

これを現代の企業社会にあてはめてみると、社長の寛大な措置に対して、後日、社員は感謝して、大いに会社と社長の為に働いたという美談になります。

こんな故事を、晩ご飯の時に奥さんと話しながら、鮎の塩焼きを食べています。

三国志には、沢山の故事や逸話などがあります。いろいろ現代社会にも、あてはまるような話があります。

ビールを飲んで鮎を頂いて、蛸を頂いて、枝豆をいただくと、もうこのくらいでお腹がいっぱいですが、奥さんは、夏らしく、稲庭うどんを茹でて、冷たいうどんにして出してくれました。

山芋をすり下ろし、卵をかけると、かなり滋養強壮になりそうです。

2014年7月5日(土)



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