満開の桜の花はどこに散っていくのだろう・・・須磨浦公園の満開の桜の花びらは風に吹かれて、花桟敷を作って、だれを迎えるのだろう?

須磨の満開の桜の花はどこに散っていくのだろう・・・花びらは風に吹かれて、花桟敷を作って、だれを迎えるのだろう?

満開の桜の花はどこに散っていくのだろう・・・花びらは風に吹かれて、花桟敷を作って、だれを迎えるのだろう?ここは、与謝野蕪村が、高浜虚子が詠んだ、桜の名所です。

須磨の地名の由来は、六甲山地西端の鉢伏山や、鉄拐山が海に迫る平地のスミ、しかも畿内の西南のスミ、このスミがなまってスマとなったそうです。(出典:須磨観光ハウスリーフレットより)

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そうですか。スマというのは、スミだったんですか。隅がなまって須磨とは、考え及びませんでした。

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蕪村の句にも、須磨の浦にて 『春の海 終日のたり のたりかな』 蕪村 とあります。この句は有名です。この句が須磨の浦で詠まれた句とは知りませんでした。与謝野蕪村は、明和3年(1766年)と安永7年(1778年)の2度に渡り、この地を訪れています。(出典:同上)

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高浜虚子は、『月を思ひ 人を思ひて 須磨にあり』 虚子 と詠んでいます。

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なるほど、天下の名跡には歌人が集まり、歌人が集まると歌が残るのです。

2012年のNHKの大河ドラマは平清盛です。平清盛は、神戸市の福原に都を移しました。平清盛の時代は、平氏にあらずんば人にあらずと栄華を誇ったのですが、子の代、孫の代には、凋落が始まり、ここ須磨の合戦で、平淳盛は熊谷次郎直実に首を打たれてしまいます。

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平淳盛を討ち取った熊谷次郎直実も、その後は、世の無常を感じて、高野山に登り、熊谷寺で平淳盛の菩提を弔うようになりました。

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須磨浦公園駅から、須磨観光ハウスまで、垂直のような険しい山道を登ります。

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右手の方には、須磨浦公園から蜂伏山にロープウェイが続いています。

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須磨観光ハウスの毛氈の敷かれた茶席には、折からの風に吹かれた桜の花びらが降り注ぎ、庭の敷地を淡いピンクの色に染めて、まるで芝居で見る『男の花道』のようです。

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なるほど、今日こそ、空を仰げば、空に満開の桜の花、目を伏せれば、地に花吹雪のなごり雪で、今日こそこの春一番の桜の見頃です。

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桜は、盛りを見るだけではなく、少し、散り始め、風が吹くと、花吹雪で、立ってる場所が桜の花びらで覆われるくらいの、今日この頃がお花見に一番いいのです。

2012年4月14日(土)