神戸を起点とした近隣ツアー
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2009年2月19日(木)播磨灘に面する海岸線の近くに、江戸時代にはなかった、日本の城郭「淡路城」がそびえています。
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| 播磨灘に面する海岸線の近くに、日本の城郭「淡路城」がそびえています | |
昔の男子の夢は、一国一城の主と言われた時代がありました。国を持つと、民から税金が取れ、その税収で家来を養い、また次の戦に備えます。
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お城は、戦いの時の象徴となります。出勤を告げる時の合図は、お城から打ち出す太鼓の音であり、戦いに出掛ける集合の合図も、城から出る陣触れの時の声です。
淡路島に明治以前にあったお城は、洲本の洲本城です。
もし、観光バスで、このお城を見学に来て、バスガイドさんが、「この淡路城は、明石海峡と播磨灘を守り、海から攻めてくる敵の軍勢に備えて作りました」と、説明されても、きっと納得すると思います。
もし、そんな説明があったら、違うと言って下さい。
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| 淡路城を通り越して、次に行く買い物ツアーは、郡家の「マツモト商店」です | |
淡路城を通り越して、次に行く買い物ツアーは、郡家の「マツモト商店」です。マツモト商店のおやじさんは、松葉博雄の顔を見ると、「久しぶり」と声を掛けてくれました。
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しかし、その後に続く言葉は、愚痴ばかりです。このマツモト商店の周りには、多くの民家がありますが、空き家が増えているそうです。
なぜ空き家が増えたかと言えば、淡路には、職場があまりなく、以前は公共工事が頼りでしたが、それも随分減少し、仕事を求めて淡路から神戸や大阪へ転居する人が増えているそうです。
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そうなると、当然、買い物客は減り、売上げは減少し、お店は手伝う従業員の削減となり、扱う商品も回転が遅くなり、以前のように、美味しいものがあるから、お客さんがどんどん来ると言う訳にはいかなくなっているようです。
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マツモト商店の嘆きももっともです。淡路の甘いミカンを求めて、買いに来たのですが、ミカン農家の作業は、山の斜面を使っているので、人手の多く掛かる重労働で、農家の人が高齢化してくると、たちまち美味しいミカン作りが難しくなってきています。
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| 玉ねぎは、もう少し春になれば、今年収穫の新玉ねぎになります | |
今、並んでいるミカンも、ほとんどが、地元の淡路産でない、四国から入荷したミカンだそうです。
玉ねぎは、もう少し春になれば、今年収穫の新玉ねぎになります。
今は、ちょうど、端境期のようです。人口構成の変化や、外から来る景気の変動によって、マツモト商店にも、もうしばらく嘆き節が続きそうです。
投稿者: 松葉博雄 日時: 2009年03月04日 10:16| パーマリンク
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