貴重品の確保と搬出:阪神淡路大震災後 5日目

阪神大震災の復旧の為の自衛隊は、秩序を維持し、指揮系統に従い、無線を常に携帯し、ジープに乗った先遣隊は前方の様子を探りながら後方の部隊に連絡を取り合い、一つの指揮系統の元に動いていることが分かります。

阪神高速道路は橋げたが倒壊し、かなり長期間に渡り復旧が見込めない今では、西から東へと物資が移動する陸路では神戸地区は丹後、丹波にある無傷の道路網が頼りになっています。

 ≫国際会館の被災の様子

湯の郷で再建をどのようにするかと考えているときに、やはりここにいては状況がわからない、という反省から、家族を湯の郷に置いたまま、一度神戸の三宮に情報と貴重品を取りに行くことにしました。

学生の甥を連れて二人で湯郷から神戸へ車で行くことにしました。少しずつ救援活動が動き始め、高速道路を走る車も今日は多く感じました。神戸を避けて舞鶴道から北に上がり、京都経由をすれば大阪に物資が届くルートができています。

阪神高速道路は橋げたが倒壊し、かなり長期間に渡り復旧が見込めない今では、西から東へと物資が移動する陸路では神戸地区は丹後、丹波にある無傷の道路網が頼りになっています。

「被災地を走行中」

私と甥の二人は、一旦神戸三田インターの手前である吉川で降りて、国道をゆっくり走り抜けて神戸に入り、途中多くの車と接触寸前のぎりぎりで三宮にたどり着きました。
途中で見た景色は、普段と変わらない田園の風景が続きましたけれど、普段と違うことは真っ赤な外装をした消防車がうようよしていることと、普段はまず見られない自衛隊の車でした。

「2005年1月10日放映 読売テレビより」

公共と自衛隊の二つの違いは、秩序があるかないか、秩序を作る指揮系統があるかないかが大きく違っていました。消防車や救急車は公共団体がボランティア活動の一環として、各地域から派遣された方々です。
≫長田区苅藻(提供:阪神・淡路大震災『1.17の記録)
予め全体的な行動予定を示して、「どこどこ地区の車はどの地域に行くべし」といった指揮を受けていないようでした。車を止めてはどこへ行こうか相談をしながら、神戸の方向に進んでいるようでした。地理の案内もなく、どこに行ってよいのか、誰が救助を求めているのか分からない状態で、とにかく神戸へ神戸へと進んでいるように見えます。

一方、自衛隊は秩序を維持し、指揮系統に従い、無線を常に携帯し、ジープに乗った先遣隊は前方の様子を探りながら後方の部隊に連絡を取り合い、一つの指揮系統の元に動いていることが分かります。

キャタピラーをつけた戦闘車は当然ありませんが、普段見ることのない自衛隊仕様のトラック、バス、ジープ、給水車、援助物資を積んだ運搬用トラックなどと神戸に近づくほどたくさんの車と出あいました。

≫自衛隊送別式(提供:阪神・淡路大震災『1.17の記録)

まさに危機管理とはこのような状況であると思います。ほとんど戦時体制を想像するような部隊の移動でした。

風評では、貴金属や金目の物がありそうな罹災した無人のビルに忍び込み、窃盗を働く一味がいるという噂がありました。震災のどさくさに紛れて、火事場泥棒のようなことが起きているという噂を聞けば、これを保全するために多少の危険も省みず、罹災したビルの現場に戻ってみることを決意しました。 だけど、本当はおっかなびっくりで、もし怖そうな人や刃物がちらついたらすぐに逃げることにしていました。

≫「三宮日本生命ビル」



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