寒い阪神大震災です。岡山県湯郷温泉で再建の手始め:阪神淡路大震災後4日目

さんセンタープラザの管理事務所と連絡が震災後初めて取れました。さんプラザビルが一番被害がひどいようでした。

阪神大震災を離れて、美作市に非難してきています。

湯の郷の町から地方都市、岡山県津山市は、車であれば30分ほどの近い距離にあります。

神戸の情報を入手するにも、関係先に連絡をするにしても、どこか情報が交換しやすい場所に行く必要がありました。津山の街に行ってみると、その後の神戸の震災の状況をテレビにより知ることが出来ました。私は被災者でしたがその私が想像以上の被害の状況に改めて驚きました。

これまで現地の神戸及びその周辺である芦屋地区淡路地区で被災の状況を取材をし、全国に流された被害の情報は、テレビやラジオ、新聞により、たくさんの詳しい話を聞くことができました。震災の真っ只中にいて、逃げ惑う私と家族には、落ち着いて被害の状況や罹災の状況をこれまで知ることが難しかったのです。

神戸のさんセンタープラザの管理事務所と連絡が震災後初めて取れました。さんプラザビルが一番被害がひどいようでした。近々区分所有者集会を非常召集し、被害の状況をテナント、区分所有者に説明し今後の全体の方向性を検討する集会が開かれるということでした。

震災直後に私がさんプラザビルを遠くから見た時には、被害の詳しい状況は把握できていませんでした。

その後わかったことは、ビルが折れ重なって押しつぶされていたのですが、それは遠目から見るとあまり損傷のない状態で建っているように見え、被害の実態は遠目からはわかりませんでした。

それが、ビルの6階部分の柱が折れ、下の階に上の階が押し重なり、とても危険な状態で、使える状態ではありません。

電話で聞いた管理事務所の説明では、詳しいことはまだわからないけれど、現在さんプラザビルは危険なために立入が禁止されていて、そのうちに公的機関からの安全確認を受けることになるけれど、最悪の場合はビルを取り壊さなければいけないのではないかという意見が討議されていることを知り、驚きました。

予定では神戸市によって安全なビルと危険なビルの点検が成され、危険なビルは立ち入りが禁止され取り壊される方針のようです。

これまで頑丈な鉄筋コンクリートのビルと思っていたさんプラザビルが、直下型の地震を受け、尻餅をつくようにビル自体がへたり込んでしまっていたのです。

これからどのようにして我が社を存続させようかと、一瞬「こりゃ、さんプラザを頼ってもだめだ」と思ってしまいました。 そうなると、なるたけ早いうちに代わりの移転先を探す必要があるし、こんな時に壊れていない安全な商業ビルが見つかるだろうか、と前途に不安を感じてしまいました。

前途に暗い不安感をいただいただけでしたが、これだけの情報を取るだけでも大変な努力と時間がかかったのです。普段、テレビをつけてチャンネルを回せば、たくさんの情報がいながらにして知ることが出来る、ということは大変便利で、これが非常時には情報がないのです。

双方通行の情報はなく、片方だけの情報しか入らないのです。なんとか関係者と連絡を取り合って、この先の会社運営の進め方について、相談や議論をしたいと思っても、時間が経過しなければ混乱は静まらないのです。

今は何も出来ないけれど、今日の話では早く代わりの店舗を確保しなけれならないようなので、一刻でも早く店舗の確保のために神戸に戻らないといけないと、イライラしながら今日一日が終わってしまいました。



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