沖縄県沖縄八重山地区・自然環境調査旅行記 その13「加治工さんの歌」

べた凪の中で陽は中天に昇り、真夏のような暑い直射日光を浴びているうちにもう暑くて暑くてたまりません。金城さんが気を利かせて沖縄風の頭にかぶる傘を貸してくれました。これは軽くて便利です。椰子の葉で編んだ網傘です。

バラス島から鳩間島に戻ると、ちょうどお昼です。鳩間島には食堂のようなものがありません。そこで、民宿はどこも3食付になっています。お昼にきちんと戻って、お昼ご飯をいただかないと夕ご飯まで大変お腹のすいた状態を我慢しないとならなくなってしまいます。

加治工さんはこのお昼の時間にちょうど鳩間に戻るように船を出してくださっていたのです。マイトウゼのお昼は野菜天丼です。

蕎麦田さんたちと今夜のヤシガニ調査の打ち合わせをするために、加治工さんのお店に行きます。加治工さんのところでは、お昼はカレーライスでした。ゴーヤと茄子の夏野菜カレーです。

デザートは西表島のパイナップルもついていて、お行儀の悪い話ですが、私は加治工さんの方の夏野菜カレーとパイナップルフルーツの方がよかったのになぁと、小学生のようなことをつい思ってしまいました。

お昼ごはんの後は、しばし休憩の時間となりました。加治工さんの家の前の広場で、テーブルを持ち出して、ここでまじめな研究会の行動予定を、今から打ち合わせをしています。頭上には強い陽射しがちょうど真上にきています。しかし、木陰の下では、涼しい風が吹いてちょうど緑陰講座のような雰囲気です。

 


 

研究会の打ち合わせも終わると、本当に休憩になりました。風に吹かれて沖縄の夏を満喫するひと時です。芝生の上に大の字になって、空を見ながら何かを考えているうちに、いつの間にか直射日光に当たったまま寝てしまいました。

2時間ほど眠り、気が付けば、頭を過ぎる風がとても気持ちいいです。肌の色の白い人だと、これだけ直射日光に当たれば、日射病やら火傷になるぐらいの強い陽射しでしたが、松葉博雄は水泳部で早くから日に慣れているので、このぐらいではひぃひぃ言いません。

研究会のメンバーと一緒になって、今夜の予定のコースを下見を兼ねて、散歩しました。灯台の近くに祖先を祀る御嶽(みたき)がありました。

島の人以外は入ることがはばかられる神聖な場所です。一応許可をいただいたので、御嶽のそばまで丘を登っていきました。神聖な場所なので、植物は原生林のような、人の手が入っていない状態でした。ここには鳩間島の自然のままの林があり、驚くほどの太いガジュマロがいくつか見えました。

こんな小さな島にも郵便局がありました。郵政民営化になると、利用者の少ない郵便局は切り捨てられるという噂があります。

こんな小さな島にも郵便局

鳩間島は人口が50人ぐらいです から、もし過疎地の郵便局が本当に切り捨てられるのであれば、この郵便局も存続できるかどうかの瀬戸際というところです。夕方になりました。

鳩間島の灯台夕暮れ

食事の前にホームページ用に夕暮れを撮影しました読者の皆様、この雰囲気が伝わるでしょうか。右側にある、やや細い突起物のようなものが鳩間島の灯台です。この辺りが一番島の高い場所です。


 

ヤシガニ調査の前に加治工さんのお店に集合します。

みなさんでオリオンビールを飲んで楽しい時間です。今日は会長の蕎麦田さんのたってのお願いで、加治工さんが三線を弾いて、民謡を唄ってくれることになりました。

加治工さんのお店

加治工さんは沖縄民謡を上手に歌ってくださいました。加治工さんは分かりやすく言えば、シンガーソングライターで、ご自分で詞を書き、曲をつけます。そして三線を弾き、歌います。

加治工さんのお店

代表作に、「鳩間の港」があります。本土では、東京を始め全国でコンサートをおこなっています。だから、気軽に民宿のおじさんに歌ってちょうだいというレベルではないのです。

それが、今夜は十八番の「鳩間の港」を聞かせてくれました。とっても渋い喉でよかったです。加治工さんのCDを買う事にしました。加治工さんに記念のサインをしてもらうことにしました。

このCDを神戸で聞くたびに、今夜の加治工さんのことをイメージして聞くことができます。

さて、いよいよ今夜のヤシガニ調査へ向かいます。船に乗る前、松田さんが日差しが強いからこれを着るようにと貸してくれたウインドブレーカーは、長袖で腕に当たる日差しを防いでくれています。

2005年7月6日(水)



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